さち

人質として、小姓として、武田に仕えてきた。
幼心に、私は私の意思では生きれぬと何処か諦めていたように思う。
武田あっての真田であると、父上からは言い聞かせられていた。

勝頼様とは、その頃からの御縁。
私より一つ上の、お館様の子で在らせられる。

「おお、源五郎。何処に行くのだ?」
「はい、四郎様。書物蔵の片付けに参ります」
「一人で行くのか?」
「はい」
「一人では大変だろう。私も行こう」
「お気持ちは有難く。ですが、言い付けですので…。四郎様は鍛錬を続けられませ」
「む…」

書物蔵に向かう途上、庭で鍛錬に励む勝頼様と顔を合わせた。
私を見るなり駆け寄り、心配りを下さるのだが、私には畏れ多い。
お気持ちだけを有難く頂戴し、足早に書物蔵に向かった。

幼少期から勝頼様に仕えてきた。勝頼様は私を友と呼ぶ。
私は友になったつもりはなく、供として態度を変える事はなかった。

人質だとて、手酷く扱われた事はない。
だが、客人だという扱いをされた訳でもない。
年端もいかぬ童であった私にも、お館様は優しかった。
そして誰よりも、勝頼様が優しかった。

私なんかが、友に、同等に扱われる事など畏れ多い。
言い付けの蔵の片付けを黙々とこなしながら溜息を吐いた。

「此処か、源五郎」
「…四郎様?」
「手伝いに来たぞ」
「四郎様、しかし」
「父上に話は通した。なれば問題あるまい」
「…ですが」
「よいよい。友と過ごしたいのだ」
「は…」

お館様の口添えでは、私に断る術がない。
勝頼様のお気持ちに甘えさせて頂き、書物の整理を行った。
一人では時間がかかろうと思えていたものも、勝頼様がお越しになってから捗り、時間に随分と余裕が出来た。
言い付けの片付けは粗方終わり、お館様がお探しの書物も見つけられた。
私の本日のお役目はここまでである。

「お手を煩わせてしまい、大変申し訳もございませぬ」
「よい。これで源五郎と遊べるな」
「それが目的でしたか」
「ふふ。父上に渡すのであろう。私も行こうか」
「はい」

お館様がお探しの書物を渡し、部屋に戻る為に縁側を歩く頃には月が出ていた。



勝頼様はよく私と行動を共にした。
私には二人の兄がいる。
勝頼様はよく私の手を繋いでくれた。
家族と離れて寂しかろうと勝頼様は言うが、武田家中の皆様方にはよくしていただいていた。
何より、勝頼様が居たので寂しくはなかった。


縁側に座り、二人で月を見ていた。

「こんな時代だ。好きな人の傍に居たい」
「好きな人…」
「私は、お前が好きだしな」
「そう、なの、ですか…」
「照れてるのか?」

あの頃は優しい人だと、幼心に勝頼様に好意を抱いていた。
戯れに好きだとか愛してるだとか、大人の真似をして私をからかっているのだろう。
年下の私であろうとも、どういう意味なのか解っている。

「また二人で月を見よう」
「何時でも見れるのでは…」
「解らんぞ。こんな時代だ。約束は多い方が良いだろう」
「増やすならせめて、守れる約束にして下さい」
「では、元服したらまた二人で月を見よう」
「承りました。約束致します」
「はは。そうだな。私はきっと、ずっとお前が好きだぞ。名が変わってもずっと、お前が好きだ」
「…ありがとうございます」

嬉しかった。
だが、己が立ち位置や身分を私自身が一番弁えていた。
嬉しかったとも、好きだとも伝えられず、ただ頭を下げるしかなかった。

「どうかもう、御容赦下さい。私は今こうして…お話し出来るだけでも、畏れ多いのです」
「何だ。信じてくれないのか」
「…友だと、仰っていただけた。私はそれだけで、幸せです」
「まさゆき」
「…あ…」

今思い出しても、恥ずかしい。
お館様にでも聞いたのか、元服時に戴く名を呼ばれた。
唇に唇が当たる感覚がした。
突然の事だったので、何も出来ずに固まってしまったのも覚えている。

「私は、勝頼と言う名を戴いた。勝利の勝に、信頼の頼で勝頼だ」
「かつより、さま」
「武田の信の字は戴けなかったが、皆に頼られるような男になれるよう努めるつもりだ」
「勝頼様」
「まさゆき、だろう。真田の幸の字を戴けたのだな。まさ、は何だ?勝か?正か?」
「…勝頼様…、今、何を」
「もう一度しようか、まさゆき」

勝頼様に額を合わせられ、今一度とばかりに私の唇に勝頼様の唇が触れた。
間違いではなかった。
勝頼様が私に口付けている。

「まさゆき。字を教えてくれぬか」
「…、幸が昌るようにと…、昌、昌幸と…」
「昌幸か。良い名だな。まさゆき、昌幸か」
「…勝頼…さま…」
「好きなのは、本当だぞ。解ったか?」
「はい…」

幼心にも覚えている。
あれが初めての口付けだった。
そしてあの頃から、勝頼様は変わっていなかった。



武田家中はどうにも性事情には奔放で、お館様ですらあれなのでどうにも戸惑ってしまう。
お館様の隣に侍り、大人しくそのような話を聞いていた。

「おことは、好きな人はいるかね」
「父母、兄達、家族に、そしてお館様にございます」
「ふっふ。他ではどうかね」
「…お慕いしている人はおります」

好きな人と聞かれ直ぐに浮かんだのは勝頼様の優しげな笑顔であった。
私は分不相応な考えを巡らせている。この思いは断ち切るべきだ。

「ほうほう。わしがくっつけちゃおうか」
「お戯れを。私など勿体のうございます」
「じゃが、せっかくおことが好いた相手よ。好意は伝えるべきじゃな。嫌悪でなく好意なれば、誰彼構わず伝えるべきじゃよ」
「左様ですか」
「勘違いさせるのも謀略じゃからな」
「お、お館様?」
「おことの恋詩が聞けるのを楽しみにしておるよ」
「残念ながら、御希望には添えぬかと…」
「おいで、勝頼」
「っ」

それは、私が元服を迎える日の夜の事。
お館様に招かれ、勝頼様も共に居てくれた。
私からは御遠慮させていただいたのだが、他ならぬ昌幸の事よと、宴に招かれてしまった。

「そうじゃ。今度からは昌幸じゃな」
「は…」
「美丈夫になったものよのぅ。昌幸」
「滅相もない…」

お館様に深く頭を下げていたところ、勝頼様が咄嗟に私の肩を抱いた。
何なのだろうと見上げていたが、何故だかお館様に威嚇をしているような…。
気のせいでなければ、私を護ろうとしているように見えた。

「父上、昌幸は駄目です」
「解っとるよ。おことに恨まれるのは御免じゃな」
「?」

お二人のお言葉の意味が察せず首を傾げていたのだが、勝頼様に手を引かれ部屋を出た。
お館様には深く頭を下げる。お館様はにこやかに笑っていらした。

「今後ともよろしく頼む、昌幸」
「はい。勝頼様」

互いに呼び合い、私は深く臣下の礼をとった。
幼少期より勝頼様に好意を抱いていたが、その好意は単純なものではないのかもしれないと私は悩んでいた。

少し飲みすぎた。
宴を抜け縁側に座り月を見ていた。
あの頃と変わらず、天に月はある。

「此処に居たか、昌幸」
「勝頼様」
「髪が伸びたな。これで括ると良いぞ」
「髪紐ですか」
「良いだろう。武田の赤だ。昌幸の生誕祝いにな」
「まさか、戴けるのですか」
「祝いだと言っているだろう。友の生誕を祝いたい。当たり前の事だ」
「恐悦至極にございます」

元服したら二人で月を見ようと、約束は守れた。
あんな幼い子供の約束、勝頼様は覚えているのだろうか。
約束は守れましたよと心内に秘め、また二人で過ごせるこの幸を噛み締めていた。

そして、私は勝頼様を侮っていた。



初陣を終え、心身共に堪えている時にも勝頼様は私の傍に来てくれた。
戦場から引き上げた負傷兵らの中に私は居た。

「暫し休め。昌幸」
「しかし、私は」
「異論は許さぬ」
「…は、い…」

私には何も言わせぬつもりなのか。
勝頼様は有無も言わせず私の肩を担いだ。

このような勝頼様は初めて見る。
私の血濡れの腹を見て、勝頼様は人が変わったかのように怒気の色を見せた。
戦場に出たのだ。負傷もする。
当たり前の事であるのに強く腕を掴まれ、勝頼様は私を御自身の部屋に連れられた。

手当を勝頼様自身がすると言う。
遠慮するべきなのだろうが、勝頼様は有無を言わせなかった。
そして心做しか、勝頼様の手が震えていた。







勝頼様から私へ想いを伝えられたのはその暫く後だ。
文もなく躑躅ヶ崎館を抜けられ、真田の私の元に来られたのだ。

己が身に余る事だとお断りすれば良かったのかもしれぬ。
私を見つめる勝頼様の真っ直ぐな瞳が濡れていた。
こんな私の為に、勝頼様は泣いて下さるのか。
強く抱き締められ、ああもうあの頃の子供ではないのだと、裾を握り締めるだけで精一杯だった。

こんな事、許されない。
そう思っていたのだが、頑なな私を勝頼様が解いていった。
心身、負傷をしてしまった私を勝頼様が埋めていった。




漸く恋仲と呼べるような仲になってから、幼き日々を思い出していた。
ずっと好きだったのだと伝えられた言葉はあの頃のままで、勝頼様は変わらなかった。
一人で居るとどうも、昔を思い出してしまう。

私の容態は大事ない。
お館様の政務をお手伝いするべく、躑躅ヶ崎館を訪れていた。
勝頼様に会えたら、会いに行こうと胸に秘めてお館様に頭を下げる。

「もういいのかい、昌幸」
「は…、おかげをもちまして」
「無理はするんじゃないよ」
「力及ばずながら、申し訳ございませぬ」
「いやいや。おことが無事で何よりじゃよ。さて、勝頼や。手伝ってくれるかね」
「はい、父上。おお、昌幸か」

お館様が勝頼様を呼んだ。
深く頭を下げると、勝頼様は私の隣に座った。
隣では、私が不相応である。
下座に下がらねばと席を立とうにも、お館様が扇子で私の肩を叩いた。
そのまま、という事であろう。

「昌幸は勝頼より字が上手かったのぅ。どれ、頼もうかね」
「御意」
「父上、昌幸ばかりでなく私にも回して下さい」
「これこれ。沢山あるからね。二人で手伝っておくれ」
「はい」
「お任せ下さい」

卓と筆、硯を用意し勝頼様と隣り合わせに座り、お館様の政務を片付ける。
私は筆まめである。
猫の手も借りたい武田の状況を解っていたからこそ、お助けせねばと馳せ参じた次第だ。
武田の為に、私が役立っているのなら幸いである。


政務に区切りがつき傾いた陽を片目に、昼餉にしようか、とお館様が呟かれた。

「昌幸は何が食べたいね」
「お任せ致します」
「ふむ。勝頼、取っておいで」
「はい」
「勝頼様、私が」
「勝頼に頼んだんじゃよ、昌幸」
「…失礼致しました」
「いやいや。おことに話があるんじゃよ」

勝頼様が部屋を出た後、お館様が肘をついて私を見ていた。
扇子を手で打ちつつ、何かを見定めるように私を見ておられる。

「何か、ございましたか」
「昌幸。勝頼を頼むね」
「?…はい」
「今日は離れに泊まっておいき、昌幸」
「…よろしいのですか?」
「おことらを二人にしてあげようと思ってね」
「…?あの…?」

お館様の含み笑いは何なのか。
此処で何か言うのは愚策のような気がした。
押し黙っているとまた肩を扇子で叩かれた。

「おこと、初めてじゃな。今宵は初夜かね。昌幸は…ふむ、ねこじゃな」
「お、お館様…?」
「おことらの顔を見てたら察するとも。漸くくっついたんじゃな」
「…御存知、だったのですか」

お館様に察せられてしまうとは、面目無い。
ところで私がねことは何の事だろうか。
深く頭を下げ、三指を揃えて畳を見つめていたがお館様は私の頭を撫でた。

「優しい目をするようになったね、昌幸。勝頼も同じ目をしとるよ」
「勝頼様が…?」
「好きな者に男も女も関係なかろうて。無論、身分もな」
「そのような、畏れ多い事」
「あれでいて勝頼はの、猛けるものを秘めておる。あまり見くびらない事じゃな。ふむ…わしに似たかね」
「心しておきます…」
「勝頼は情熱的じゃよ。ふふ。準備は解るかね」
「準備…?」
「おぼこいのう、昌幸」
「父上。余り昌幸に余計な事を吹き込まれては困ります」
「おお、おむすびじゃな」

昼餉を受け取り、お館様と勝頼様への配膳は私が行った。
お館様が後で教えてあげるよと私に耳打ちで語った。

やはり、その、恋仲になったということは、そういう事もするのであろう。
共に過ごせるだけで幸せだった。
供だと思い込んでいた私を、供ではない友だとあれから叱責されもした。
今では友でもない。

時折勝頼様に口付けられ、腕の中で眠る。
私の好きな人は、私などには勿体ない。
ささやかな刹那の幸せを感じていた。



政務を終えて、離れの縁側に座りひとり月を見ていた。
準備はしておいた方がいいよと、結局お館様に大凡の同性同士の性事情を教えられてしまい、準備とやらも恥ずかしながらしておいた。
本当に、余計な事を聞いてしまった。
男の経験は私にはない。

「昌幸」
「…勝頼様」
「待っていてくれたのか」
「はい」
「病み上がりだろう。夜風は良くないのではないか」
「此処に居たら来て下さるのではないかと…」

勝頼様も隣に座り、私の肩に上着を掛けた。
湯浴みを終えられた後とあって、髪が濡れている。
首に置かれていた布巾を取り、勝頼様の御髪を拭いた。

「風邪を召されます」
「はは。私はそこまでひ弱ではないぞ昌幸」
「ですが、濡れたままというのも」
「ありがとう、昌幸」

背に回り、勝頼様の身を整えた。
背は私よりも広い。随分逞しくお成りであった。

御髪を拭いていると、不意に手首を掴まれた。
何か失礼をしたのかとお顔を伺っていると、勝頼様が振り向いた。

「もう、体は大丈夫なのか」
「はい。御心配をお掛けしました」
「全くだ。生きた心地がせぬ」
「勝頼様…」
「此処は冷える。中に入ろう」
「はい」

袖を引かれ、離れの襖を開けた。
一組、布団が敷かれている。もう休めと言うことであろう。
勝頼様は御自身の部屋に帰られるのだろう。
少々胸に寂しさを覚えながら、襖を閉めた。

「…?あの」
「ん?何だ昌幸」

何故、勝頼様が部屋にお入りになるのだろう。当然のように入られた。
もしや未だ、共に居てくれるのか。
そう考えて下さっているのなら嬉しい。
座布団に座る勝頼様に茶でも出そうと私も卓についた。

「寒くないか、昌幸」
「はい。只今、急須をお探しして」
「これで良いぞ」
「…あ、あのっ…」

卓は退かせられ、勝頼様は私を引き寄せた。肩が当たり、寄り添われる。
そう言えば、私が勝頼様の上着を羽織ったままだ。

「失礼致しました。お返しします」
「ああ、すまぬ。そうではないのだ。ただ、昌幸に触れたかった」
「…っ」
「昌幸。私は今宵、部屋に帰るつもりはないぞ」
「えっ…」
「謀略は得意な癖に、察せなかったのか昌幸。まあ、そういう所が良いのだが」

肩を引き寄せられ頬を撫でられる。
名を呼ばれ応えると、優しげなお顔が近付いてくる。
唇が合わさり、思わず胸元に手を添えた。





ああ、そうか。私達は恋仲だった。
恋仲なのだと思えば、部屋が離れであるのも布団が一式なのも理由が解った。
まさかとは思うが、お館様が根回しをされたのやもしれぬ。

初夜を、褥を共にせよと…。そういう事なのだろうか。

「…以前、言ったな。口付けでは満足出来ぬと」
「…はい…」
「…昌幸を、その、抱きたいと…思っているのだが」
「は、はい…」
「昌幸は、怖くないのか」

己が欲求を勝頼様は正直に話された。
私を抱きたいのだと、眉を下げて優しげな瞳で見下ろされる。
その眼差しに私は堕ちたのだろう。

「…勝頼様、でしたら…」
「…私でなかったとして、お前は許すのか昌幸」
「…立場上は、断る術を持ちません…」
「…昌幸」
「ですが、それでも…、嫌だと…怖いと、思います…。この操は、勝頼様に…」
「…そうか。私が初めてか」
「はい…。勝頼様になら…、いえ、勝頼様が、良いのです…」

私でよろしいのですかと、勝頼様の裾を摘む。
男なのですよとか、私には身に余る事とか、未だ自制が勝っていた。

「昌幸」

背を抱かれ、腕の中に収まる。
黙れと叱咤されたかのようで、それ以上の言葉は噤んだ。
優しげな声色で名を呼ばれ、恐る恐る見上げれば優しい口付けが降ってきた。

「勝頼、さま…」
「うん」
「…何か、失礼があったら、申し訳」
「ない」
「っ、準備は…、その、して、ございます…」
「…父上がこそこそと昌幸に何を話しているのかと思えば、そういう事か」

そのまま布団に頭を支えられ押し倒された。
唇を指で撫でられ、視界には勝頼様以外にない。
悦びと共に、どうしようもない自制心と羞恥心が襲う。

「…勝頼、様」
「怖いか。昌幸」
「…少々」
「そうか。優しくしよう。元より酷くするつもりはない」
「はい…」

どうなってしまうのだろうという恐怖は、勝頼様の優しい声色で消え失せた。
幾度も口付けられるが、触れるだけの優しいものであった。
今までそのような口付けしか経験がない。
無礼とは思うものの、気付けば私は勝頼様の首に腕を回していた。

「…嬉しいぞ、昌幸」
「は…、ぁ…」
「覚悟致せ」
「っん、ぅ…」

触れた唇の隙間から舌が割り入られ、私の舌に絡んでくる。
息が出来ぬような深い口付けは初めてで、少し怖い。

私が眉を下げたのが解ったのか、勝頼様が髪や頭を撫でて下さっている。
ほう…と溜息を吐いて、体から怖ばりが抜けた。

「…かつより、さま…」
「まさゆき」
「…勝頼様…」
「綺麗だぞ、昌幸」
「…?」

上衣が肌蹴て胸が出てしまっている。
慌てて隠そうとするもその胸に勝頼様が唇で触れた。

「っ、ぁ…、か、勝頼、さま…?」
「肌、白いな」
「や…、ん…」
「声が聞きたい…。我慢して欲しくないのだが」
「そん、な…」

己が女になったかのように、勝頼様が私に触れる。
勝頼様と共に過ごした日々は短くはない。
ただ、恋仲になるとは思っていなかった為、未だ夢なんじゃないかという思いがしてならない。





胸を吸われ、腰を撫でられる。
首筋を吸われる感覚に目を細めた。所有の証を付けられた。

「勝頼様…」
「首筋は嫌だったか?」
「…私は、勝頼様のものです…ね…」
「ああ、無論のこと」
「私…」

私も付けたいと言いかけて唇を噛んだ。
勝頼様と私とでは立場が違い過ぎる。
首筋や胸、腰や太腿に付けられた痕を撫でながら勝頼様を見つめた。

「昌幸」
「…?」
「此処だ」
「??」
「私にも付けてくれぬか」
「…え…、しかし…」
「私は、昌幸のものになりたい」
「っ」

どうしていつも、欲しい言葉をくれるのだろう。
勝頼様に請われて、首筋や胸に控えめな痕を付けた。
私の付けた痕を撫でられて、勝頼様は満足げに笑っていらした。

「昌幸とお揃いだな」
「はい…」
「此処からは…、嫌なら言って欲しい。無体を強いたと思われたくはない」
「大丈夫です…」
「本当か?昌幸は言わぬからな…。何でも我慢してしまうだろう。私はそれを案じている」
「言って…、いいのですか」
「言わねば解らん」

上衣を肌蹴た勝頼様は私の片脚を肩に担ぎ、その脚に唇を寄せた。
かっと顔に熱が集まり、咄嗟に肌蹴た股を隠した。
体の方はもう随分と反応していて息が上がってきた。

見せるのも触れられるのも、勝頼様が初めてだ。
下着を脱がされ、勝頼様に触れられる。
見ていられなくて顔を隠すも、扱かれて体がびくついてしまう。

「っふ、ぅ…、っ」
「このようにして…。期待してくれたのか」
「ぁ、あ、も、もうし、わけ…」
「期待には応えねばならん」

私の手を顔から退かせて握り、また優しく口付けが降ってきた。
頬に口付けられ、擦り寄られる。

「顔を隠すな昌幸。お前の何もかもを見たいのだ」
「…っ…」
「昌幸は、私のものだろう?」
「はい…」

私から勝頼様に恐る恐る擦り寄った。
勝頼様をお慕いしている。
私から未だ口付ける事は出来ない。寄り添う事なら出来る。

頭を撫でられ、下の方に触れられる感覚に目を細めた。
其処に入れられるのか。入るのだろうか。
勝頼様が何かを手にした後、指で触れられた。

「っ…」
「此処は、よく解さねばならん…。傷付けたくない」
「はい…」
「入れるぞ…」

額にちゅ、と勝頼様が唇を寄せてくれた。
つぷと指を一本入れられて、異物感に口元を抑える。
顔は隠さぬようにと請われた。だが指一本だとて、痛いものは痛い。

「っん、っふ…、かつより、さま…」
「きつい…。やはり、痛いか」
「ぅ、ん…!」

もう少し奥を擦られて体が弾くつく。
今の感覚は何なのだろう。
よく解らなくて勝頼様を見つめているといつの間にか流れていた涙を拭われた。

「…其処なら、良いのだな」
「?…??」
「ふふ。解っていないか。昌幸の良いところは此処、らしい」
「ぁ…!」

良いところ、と言われた箇所ばかり触れられる。
触れられる度に体が弾くつき、視界が点滅した。
これが快楽なのだと気付き、唇を噛んだ。

「…噛むな、昌幸」
「ん…、勝頼さま…」
「指を増やすぞ。ああ、痛いか…」
「…熱いです…。勝頼さま…あつくて、私、おかしくなってしまったのでしょうか…」
「…そうか。力を抜けるか?」
「むり…です…、どうしたら…」
「昌幸」

頬を撫でられ、髪を撫でられる。
目元を拭われて、また優しい口付けをして下さった。
口付けられると力が抜け、勝頼様が指を増やした。
潤滑油というものであろうか。勝頼様はそれを手に取っている。
暫く指だけで弄られていたら、ぐちゅと水音が聞こえてきて顔に熱が集まった。

「…かつより、さま…」
「かように蕩けておれば、もう良かろうな」
「勝頼さま…、かつより、さま」
「ん?」
「…わたし…」

何故か涙が溢れてくる。
唐突に不安になり、勝頼様に抱き締めて欲しくなった。
口では言えず裾を引くと、勝頼様が私の涙を撫でて胸に埋めてくれた。
あやされるように背や頭を撫でられる。

「怖いか、昌幸」
「怖くは…ないです…、ただ」
「うん」
「私が、どうなってしまうのか…恐ろしくて…」
「何があろうと、私は嫌わぬ」
「勝頼様…」
「ずっと、好きだからな…昌幸」
「…勝頼様…」
「やめようか、昌幸。お前に無理は…」

その言葉に首を横に振った。
屹立した勝頼様のが私の脚に当たっていたからだ。
ここまでさせて、そのまま何もさせないなど、申し訳が立たない。





私と勝頼様は、恋仲なのであろう。





「勝頼様…」
「まさゆ…、ん…」

私から初めて、口付けた。
突然の事に勝頼様は動揺し、頬を赤らめて嬉しそうに笑ってくれた。
幼少期に好きだと伝えるのに私に口付けられたように、勝頼様に口付けた。

「…ああ、嬉しいぞ昌幸」
「ぁ…」

指を抜かれ、くち、と勝頼様のが当てがわれるのが解った。
勝頼様のはそれなりに大きく、指など比べ物にもならない。
不安気に勝頼様を見つめるも、来て欲しいと首に回していた腕に力を込めた。

「んっ…!ぅ…!」
「まさゆき」
「ぁ、あ、っふ、…かつより、さま…っ!」

耳に水音が響いて、圧倒的な異物感に勝頼様を抱き締める。
勝頼様が私と繋がった。
体を裂けられるような痛みに肩で浅く息を繰り返した。
勝頼様のは大きい。奥に奥に貫かれて息が出来ない。

「はぁ…、まさゆき…」
「かつより、さま」
「ああ…、幸せだ…昌幸。漸くひとつになれた…」
「…はぁ、は…、勝頼さま…」

多幸感に溢れて、涙が止まらない。
こんなに幸せで良いのだろうか。
体はじんじんと痛かったが、私が馴染むまで勝頼様は動かれなかった。
勝頼様のを体に感じ、無意識に締め付けているのが解った。

「かつ、より、さま…」
「ん?」
「お慕い、しております…」
「ああ…、昌幸…」
「好きです…、大好きです…勝頼さま…」
「っ、昌幸」

涙を零しながら、私の想いを吐き出した。
私もずっと、勝頼様をお慕いしている。
こんな時にしか伝えられないけれど、勝頼様が想うよりも私の想いは深く重かった。

余りにも私が締め付けてしまう為、勝頼様の額には汗が滲んでいる。
大丈夫か、とひたすらに私を案じて下さる勝頼様が愛おしかった。

「あなたは…、私には…優し過ぎます…」
「傷付けたくない…。昌幸は初めて、なのだろう…」
「…勝頼様、もう…」
「…ああ、解った。このままでは私も辛い」
「あっ、ぁ、っふ、ふっ…」

脚と腰を抱えられ、深く突き上げられる。
引き抜かれる寸前まで抜かれ、勝頼様に貫かれる。
ぐちゅぐちゅと水音が響いて、私の体が勝頼様を求めていた。

首に回していた腕に力が入らず、敷布に腕が落ちる。
胸で息を吐きながら、与えられる衝動に敷布を握り締めて体を捩った。
敷布を握り締める手に、勝頼様が片手を重ねた。

「…かつより、さま…」
「手を握っていよう。昌幸が辛くないように」
「つらく、など…」
「そうか。共に果てたい」
「は、い…」

何度、勝頼様と名を呼んだのだろう。
勝頼様に貫かれ、突き上げられ続けて、経験した事のない快感が体中を巡り私が果てた。
続けて中に果てられる感覚に目を細めた。
勝頼様が私の中に果て、私の胸に甘えるように頬を寄せた。

「…はぁ、まさゆき…」
「はい…、かつよりさま…」
「愛している」
「っ、はい…、勝頼様…」

かくん、と力が抜けて意識が遠ざかる。
昌幸、と勝頼様が私を案じて名前を呼んでいたが、私はそれに応える事が出来なかった。




「気がついたか」
「…勝頼様…」
「傷付けてしまった…。痛むか」
「あ…」

勝頼様の上衣を着せられ、勝頼様に抱き締められていた。
体の繋がりは解かれていたが、私の脚には血が流れていた。

「傷付けてしまった…、すまない」
「大丈夫です…、勝頼様…」
「傷付けたくなかった…」
「初めてでした…。仕方ありません…」
「ごめん、ごめんな…昌幸」

勝頼様は酷く落ち込み、私を気遣って下さった。
何度も謝罪される勝頼様を慰めるように、勝頼様の頬を撫でた。

ただ一度の情交であったのに、疲れきってしまった。
やはり女と男では体が違う。
それでも中に感じるものは、勝頼様の果てられた情欲の痕だ。

「勝頼様…」
「ああ、疲れたか。もう眠るといい。後はやっておこう…」
「このままが…いいです…」
「…しかし、昌幸」
「お願いが、あります…」
「何だ」
「…このまま、何処にも行かず…私の元に…、私と、共に居て欲しいのです…」
「何処にも行くものか」
「…良かった…」

もう瞼が重い。
体は元より手にも腕にも力が入らなかった。
ただただ、勝頼様の温もりがある。
その温かさが愛おしかった。




「もう、おやすみ昌幸。私は何処にも行かない」
「はい…、勝頼様…」
「昌幸、ずっと…好きだからな…」
「勝頼様…、好きです…、勝頼様…」
「ああ、昌幸。幸せだ…、昌幸」

深々と幸せが染み渡る。幸せとは分かち合うものだ。
髪や頬を撫でられる感覚が心地良い。
未だ離されない手を握り締めて私は意識を手放した。


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