心音しんおん

敵方が動いたというので、進軍を阻む為に国境に立った。

私の謀略は淡々と通り、寧ろ呆気ない。
勝つつもりがないという事は直ぐに気付いた。攻め手がぬるすぎる。
敵方の攻め手に違和感を感じ、勝利を確信しつつも後方に下がった。
相手は織田軍だ。何処か得体がしれなくて恐ろしい。
本国、躑躅ヶ崎館の勝頼様の元に戻るべく、皆の退却を横目に確認しつつ後ずさる。
彼方は勝つつもりがない。何か他に目的があるのだろう。気味が悪い。

敵方を見極めるべく、殿を務めた。
一定の距離は取るものの、攻め手がぬるい。
だが退却する気配もない。

「退け。甲斐の土は踏ませぬ」
「お前が真田昌幸だな」
「っ、くっ…!!」

抜かった。背後から首筋を殴られ意識が飛びかけた。
戦旗を振り敵を吹き飛ばすものの、目の前で発破され目が見えん。
ところ構わず戦旗を振るも、腹に再びの激痛を感じて地に伏した。
背後から腹を刺された。
小刀を腹に刺したまま、敵を斬り伏せる。
何人も吹き飛ばしたが、雑兵が多くこれではきりがない。
死ぬような傷ではないが、急に膝が折れた。刃に何か塗られているのか体が動かぬ。
手枷足枷、口布まで付けられ、抵抗も出来ず目隠しをされて意識が遠のいた。




冷たい心地に、手枷足枷が縄から鉄に変わったのだと解る。
地面は、板張りである。つまり何処かに拉致されたのだろう。
目隠しと口布を外され顎を掴まれる。未だ体が動かん。

「確かに、真田昌幸だな」
「…さてな」
「真田昌幸であれば信玄の懐刀、武田勝頼の目とも言われる。甲斐の虎でも、虎の子でも良い。此方に誘引出来る逸材だ」
「ふ。なれば、手加減も無用であるな」

躑躅ヶ崎館には私の影武者が居る。私が居るというだけで抑止力になるのだ。
私が私であると言う事は認めず、敵方を見渡した。
五…、六、外に何人か居るのだろう。
どうやら痺れ薬でも塗られているのか、腹の傷が元のようで体が思うままに動かん。
お館様は、私の安否で挑発に乗るような御方ではない。
問題は勝頼様だ。あの御方ならきっと、私の為に来てしまう。

以前も戦場にて、私の静止も聞かずに勝頼様が囮となってしまわれた事がある。
嫡子になられた勝頼様が何をとお止めしたのだが、逆の立場ならどうだと言われて口ごもってしまった。
それでも、私と勝頼様では立場が違いすぎる。
私の進言を信じて勝頼様御自らが本陣の守備に布陣された時、勝頼様の御顔を直に見るまで生きた心地がしなかった。
真田の郷まで来て下さった勝頼様の袖を握る。

勝頼様と私は恋仲にある。
なればこそ、勝頼様が危うい。

「…っ…」
「気を飛ばすなら、その方が都合が良い」

血を流し過ぎた。
毒が回り切る前に、何とかせねばなるまい。
前髪を掴まれ顔を上げられる。顔を確認しているのだろう。

「確かに真田昌幸だ。以前、戦場で相対した事がある」
「信玄公は勝頼と昌幸をとても大事にしていると聞いた。上手くいけば両方、少なくとも親子片方は釣れるだろうよ」
「私が本当に一人で、殿を務めると思うのか」
「何?」
「…真田は忍の多い郷だ。有り得る」
「余り武田や真田を見誤るなよ、若造」
「この」
「っ…!」

顔を殴られ地に頬を付ける。駄目だ、体が動かない。
忍が付いているのは本当の事だ。機を見て私を救出するべく動いている。
故に、私がどういう状況なのかも本陣に伝わっているのだろう。
真田の忍はともかく、武田の忍は止めねばならぬ。
これ以上の無体を武田本陣に知られたくない。

勝頼様に知られたくない。

真田の忍に武田の忍を追うように目配せをし、忍が動いたのを見て溜息を吐いた。
毒は持続せぬ。いずれ効き目が切れるだろう。
なれば此処は押し黙り、堪える事が最短であろう。
私も無駄に死にたい訳ではない。

私は男だ。孕む事はない。
体が犯されたとて、心を辱められた訳ではない。
自由の利かぬ私を下衆共は犯していた。
こんなものに感情が左右される訳がない。
ましてや快楽など感じるはずもない。
ただ苦痛で眉を潜ませ、目を閉じていた。
覚えていたくはない。

「ほう、抱かれ慣れているな、真田昌幸」
「…さてな」
「さては、信玄か勝頼の」
「ああ、成程。懐刀は夜は鞘という事か」
「お館様、勝頼様を侮辱する事は許さぬ」
「おら」
「っ、くっ…、ぅ…」

深く抉られるように突き上げられ、口にも咥えさせられ嬲られる。
声を漏らすと悦ばせてしまう。黙して耐えた。
体が痛い。腹の傷よりも、輪姦された体の方が痛い。
唇を噛み、目を閉じてただただ耐えた。

毒が切れたら全員殺してやる。
もはや粘液なのか血なのか解らない程汚れた自分の股を横目に見ながら、地に体を投げ出されて荒く息を吐いた。
早く動け、私の体。手早く全員殺してやる。

「随分大人しくなったな」
「こうも嬲られ、凌辱され続ければ、大人しくもなろう」
「これで、何人目だ?」
「もう、五人か。見ろよこの体を」
「そうか。五人だな」
「…!」
「なっ……」

聞き間違える筈がない。
瞼を開けた時には既に首が二つ飛んでいて、返り血を顔に浴びていた。

「…かつ、より、さま…」
「何?!此奴が…!!」
「囲め囲め!!」
「勝頼様…、お退き下され、私は…大丈夫です」
「それは、聞けぬ進言だな」
「…!!!」
「此奴、強い…っ」

勝頼様が来てしまった。
勝頼様が、この場に来てしまった。
振り向き様に残り三人の首も飛ばし、勝頼様が血濡れで赤い。

「魔王の手駒に、甲斐の土を踏ませるつもりはない。よきにはからえ。ああ、首は要らん」
「御意」

無論、勝頼様は一人ではなく忍が付いていた。
雑兵は忍らに任せて、勝頼様が私に駆け寄る。

「昌幸、傷を見せよ」
「は…。腹を斬られました。毒を盛られたようで体が動きませぬ。醜態を晒し、面目申し訳ございませぬ」
「…昌幸、もう大丈夫だからな」
「…勝頼、さま…?」
「うん。私は此処に居るぞ」

勝頼様の瞳は酷く暗く殺意に満ちていて、私には微笑まれるものの目だけが笑っていなかった。
枷を外されても、体を起こす事すら出来ぬ。
目を合わせられず、不意に顔を背けた。

勝頼様にだけは見られたくなかった。
このような穢れた姿を見られたくなかった。
時があれば、私だけで何とか出来た筈だ。
こんな有り様を見られたくなかった。

では来て欲しくなかったのかと思えば、それも違う。
勝頼様に今すぐ抱き締めて欲しい。
そう願ったのが私の本音であろう。
だが、私の口から本音が話される事はなかった。

「昌幸…?」
「勝頼様、私は…穢れております…。今は手をお離し下さいますよう…」
「それは出来ぬ」
「ぁ、ふ…っ」

血濡れのまま口付けられ、腕の中に強く引き寄せられ抱き締められる。
甲冑や金具が当たってとても痛い。けれど、けれど。

「昌幸…」
「…勝頼様…」

勝頼様が震えている。
目尻に涙すら浮かべて、私を抱き寄せるのだ。
お慰めしなくては、触れて差し上げなくては。
そうは思えど手は動かず、また意識も遠のいていった。



嗅ぎ馴れた男の匂いがする。
目を覚ますと、知った天井だった。
躑躅ヶ崎館の、勝頼様の部屋の天井に間違いない。
手を開いて指が動くか確認し、体を動かせる事を確認して身を起こした。

寝かせられていた布団も、着せられている寝間着も勝頼様のものだ。
躑躅ヶ崎館ならば以前私が使わせて頂いた部屋もあり、寝間着くらいなら他にもある。
敢えて勝頼様の部屋に寝かせられ、敢えて勝頼様のを着せられている。

体の嫌悪感は消えて、身を清められていた。
腹の傷の手当もしっかりとされており、体の大事は感じない。
私の身は大丈夫であろう。そう思えた。

勝頼様の匂いがする。
何処も彼処も勝頼様の物で溢れている。
寝間着を着ているからか、勝頼様に抱き締められているような気がして目を閉じ、再び横になった。

戦はどうなっただろうか。
私が無事に此処に居るという事はそういう事なのだろうが、憶測でしかない。

「誰そ…」

躑躅ヶ崎館なら忍が居るだろう。
声を上げようとしたが、人の足音と襖が何枚か開けられる音がして誰か来るのだろうと開けられる襖を見ていた。

歩き方で解る。
この部屋に来る方など、お一人しか考えられぬ。
勝頼様の御姿を見て身を起こすと、ふわりと笑って勝頼様が駆け寄り隣に座られた。
勝頼様も先程湯浴みを終えられたのか、湯上がりといった御様子で在られる。

「気が付いたか、昌幸」
「勝頼様…」
「万全を尽くし傷は塞いである。毒も抜いた。もう動ける筈だ」
「はい。申し訳ございませぬ。戦はどうなされましたか」
「終いにした。奴等は追い払った。深追いはせず、兵を残しお前を連れて私は此処に戻った訳だ」

ほうと溜息を吐いた。
ほぼ正解に近い戦をされたのだろう。武田軍として、勝頼様は立ち居振る舞われた。
私のあの有様を見た勝頼様が御自身を見失わないか心配だった。
個の感情では動かれなかったのだと安堵した。

「して勝頼様…」
「ん?」
「何故、私をこの部屋に…。寝間着とて替えは幾らでもございましょう」
「…昌幸は私の、だからな」
「勝頼様…」
「もう熱は引いたな。ん…、今宵は私がずっと傍に居よう」

勝頼様が隣に座る。
此処は勝頼様の寝所で、勝頼様の布団である。
私は退こうとしたのだが、やはり急に動くと腹が痛む。
咄嗟に顔を顰めたのを見られてしまい、勝頼様に肩を支えられた。
また御手が震えていらっしゃる。

「昌幸。私が腑甲斐ないばかりに、お前を…」
「私の落ち度でございます」
「何を言う。奴等は毒を使い、お前に卑怯な狼藉を…」
「失礼ながら、そのお話はもう…」
「…すまぬ。思い出させてしまった」
「いえ…」

全て忘れていたのなら、楽だっただろう。
残念ながらしっかりと辱められた事を覚えていた。
勝頼様ではない男が、私に触れた。
抱かれたのではなく、犯された。
何人だとか何回だとか途中から数えるのは止めていたし、感じるものは何もなかった。何も考えたくなかった。

駆け付けた勝頼様と目が合った。
即座に勝頼様の怒りが込み上げるのが解り、この私でも勝頼様が恐ろしかった。
今は微笑んでいらっしゃるが、本当は勝頼様が恐ろしい。

「…何故、勝頼様が御自ら出向かれたのですか。連絡は絶った筈です」
「武田の忍を真田の忍が止めたのは聞いている」
「…恐れながら、私の指示です。申し訳ございません」
「お前が囚われていると報せてくれたのは、織田方の徳川の忍だ」
「…徳川が、何故」
「初見は私も疑った。だが、下衆な卑怯者に仕える気はないと言うのだ。昌幸の命が危ないとそれだけ伝えて消えてしまった」
「その報がもし、敵方の策だとしたら…どう為さったのです」
「結果的に徳川の忍の言葉は事実だった」

勝頼様の胸に埋められるようにして、戦の内情を聞いた。
勝頼様は私から離れようとは為さらない。
とくんとくんと、勝頼様の生きている音が耳に聞こえた。
この音が聞けただけで、心のざわつきが落ち着き、体に感じる痛みも薄れる。
目を閉じて勝頼様に呟いた。

「…私ひとりで、何とでも致しました…」
「昌幸の命が危なかった。殺されていたのやもしれぬのだぞ」
「真田は、どのような手を使おうとも生き延びる。これが私の心情でございます。どのような手を使おうとも、勝頼様の元に戻るつもりでした」
「…何故に報を止めた。報せが早ければ、もっと早く駆け付ける事が出来た」
「……私は…、勝頼様に…、勝頼様にだけは…、見られたくなかった…」
「…っ……」
「私情を交え、申し訳ございません。身分も弁えず規律を乱しました。どうか私に罰をお与え下さい…」

胸に埋まり目を閉じた。今の勝頼様は激情に身をやつし、冷静ではない。
報を止めた私にお怒りであり、何より御自身を責められている。
勝頼様の激情はご尤もであり、責められるべき咎は私にある。
私は軍の規律を乱した。罰は当然である。
漸く目を開け、勝頼様を見上げると不意に唇が重なり目を見開いた。

「…か、つ…、っん…、ん…」
「ならば、罰を…」
「…は、い…」

勝頼様に押し倒され、再び口付けが続く。
罰という割には、口付けは蕩けるようにお優しい。

「…今すぐ、昌幸を抱きたい…」
「はい…。どうぞ手酷く…、お痛め付け下さい」
「…私が出来ると思うか?」
「このような触れ方では…罰になりません…」
「当たり前だ。お前を手酷く扱うつもりはない」
「…私は…、勝頼様以外に…、辱めを」
「ああ…、だから。綺麗にしてやりたい」
「…私にお怒りではないのですか。穢いと、思われないのですか」
「思うものか。私の至らなさが招いた事だ。昌幸は何も悪くない」
「されど」
「昌幸は、綺麗だ」

とても優しく、私に触れられる。
勝頼様は私を手酷く扱う気も、罰を与える気もない。
傷付けられた腹を撫でられながら、体中に口付けられ、胸を肌蹴られて乳首を吸われる。
前戯は長く、とても甘かった。
ふと、勝頼様が泣いているような気がして頬に手を伸ばした。

「っ、…、ぁ…勝頼様…」
「痛むのなら止めよう。嫌なら止めよう。昌幸が一言でも否と言うのなら私は」
「…私を、抱いて、下さい…」
「っ…!」

ちゅ、ちぅと優しく口付けられ続けて、体も心もゆるゆると勝頼様に溶かされていく。
壊れ物のように私に触れる勝頼様の御手や唇がひたすらに優しくて優しくて、いつの間にか涙がぽろぽろと零れていた。
首筋や胸、太腿を吸われ、勝頼様が所有の痕を残されていく。
下賎の輩に穢された場所を清めるかのように、勝頼様が私の肌をなぞっていく。

中をとろとろに解されて、勝頼様のを当てがわれる。
入れられる前から私の身は傷付き、勝頼様に指で解されていても中からは血が流れていた。
凌辱を受け、傷付けられた体は血を流して泣いている。
体は痛い痛いと血を流しているが、心はまだ痛いとも辛いとも言えていない。

血を見て勝頼様が眉を下げ、私の腰や脚を撫でた。
最後に頬を撫でられて、私に額を合わせられる。

「…大丈夫です…、勝頼様…」
「こんなに傷付けられて…」
「…傷は何れ、治ります…」
「…此処は、ずっと傷付いたままだ」

胸に触れられ、ぽたぽたと勝頼様の涙が零れていた。
私が傷付けば傷付けられる程、お優しい勝頼様が傷付いてしまう。

頬を包み、勝頼様に口付ける。
私から腰を寄せて、勝頼様を迎え入れ体を繋げる。
勝頼様が熱い。熱くて溶けてしまいそうだ。

「ぁ…、ぅ…っ」
「っ…、もう少し、奥に…」
「んっ、…ん、は、はぁ…」
「…痛くないか、辛くないか、昌幸」

勝頼様を受け入れて、私の体に負担がかかる。
深く繋がる勝頼様の首に腕を回した。
勝頼様を受け入れど、体の痛みが消える訳ではない。
動けば血が流れる。私を案じて、勝頼様は動かれない。

体を繋げると、心も繋がってしまう。
今更最早何も隠せない。もう体裁を保つ余裕はなかった。

「…勝頼さま…」
「昌幸?」
「…勝頼様に、嫌われるかも…しれないと…、それが、恐ろしくて…、怖くて、私は…、私…」
「…昌幸」
「苦痛に…、耐えようとも…。自分が穢らわしいと、嫌で、嫌で」
「昌幸」
「私は、穢いでしょう、勝頼様…」
「昌幸」
「…勝頼様…」
「愛している」
「っ…!」

吐露する言葉は私の本心だ。心がもう堪えられない。
本当は体よりも心の方が痛かった。
勝頼様に操を立てていた。それを破ってしまった。
凌辱された事実をつまらぬ過ぎた事のように演じていたが、本当は深く抉られたように心が傷付いている。

私の言葉を全て聞き終えてから、勝頼様はただ一言で私を黙らせて唇を塞いだ。
ぐっと奥に貫かれる感覚に、勝頼様を締め付けてしまう。
勝頼様は何もかも私の言葉を受け入れ、綺麗だと私を見つめていた。

「…痛くないか、昌幸」
「は、い…」
「ほら、手を繋いでいよう」
「…はい」
「昌幸」
「っん、…ぁ、は…」

指を絡まれるようにして手を繋がれる。
勝頼様は一頻りに私を泣かせようとしているようで、殊更に優しく私を抱き締めた。
優しく触れられる度に涙が溢れて止まらないが、泣き顔を見られたくなくて肩に顔を埋める。

血は出ていたが、体は快楽を感じている。
勝頼様は私に快楽のみを感じさせるように抱かれた。
勝頼様はゆっくりではあったが、深く重く私を突き上げている。
勝頼様が私に沁みてひとつになったかのように感じた。

「っひ、っぅ…、ぅ…!」

柔柔と与えられ続けられる快楽に堪らず私が果てた。
勝頼様を締め付けて体が痙攣し、胸が浅く上下していた。
同時に感じる中の感覚に体を震えさせ、下腹に触れる。
私の中に果ててくれている。
頬に伝う涙を拭いながら、勝頼様は私を腕に埋めた。

「果てたか」
「…は、い…」
「良かったのか…」
「はい…、とても…」

体を繋げたまま、背に腕を回して抱き寄せ合った。
いつもなら二度、三度と情交を続けられるが、今日はそれがない。
勝頼様の心臓の音が聞こえて、その音に耳をすませていた。
私の額や髪を撫で、勝頼様は少し悲しまれたような表情で私を見下ろしていた。

「…もっと…、否、お前は望まぬか」
「…もっと、したいのですか?」
「…その誘いは魅力的だが、今宵はならん。昌幸の体が癒されたら、続きをしようか」
「はい…」
「もっと…吐き出させてやりたくてな。私の前では、何も堪えさせたくない。昌幸は何でも抱え込んでしまうからな」
「んっ…、ぅ…」

勝頼様に引き抜かれて、体の繋がりを解いた。
少し寂しくて勝頼様を見つめていると、ちゅ、ちゅと可愛らしく口付けられる。
股を勝頼様の精液が伝う。尻と股を撫でられ、目を細めて勝頼様を見上げる。

体を拭われ、勝頼様の寝間着を羽織り、勝頼様の腕の中に収まった。
部屋だとか、寝間着だとか、そんなものより御本人には敵わない。
勝頼様の温もりが何よりも私を癒していた。



勝頼様は、片時も私から離れなかった。
私が真夜中に目覚めた時も、勝頼様は眠られてはいなかった。
髪や背を撫でられる心地に、眠られないのか、眠れないのか、と勝頼様を案じた。

「…眠れないのですか」
「…なぁ、昌幸」
「はい」
「昌幸が落ち着いたら、今度は私が甘えてもいいだろうか」
「今でも良いですよ、勝頼様」
「そうか。少し…、少しだけ甘えたい…」
「勝頼様…?」
「私は、恋人ひとり護れない…腑甲斐ない男だ」

勝頼様は背に腕を回し、私の胸に埋まった。
寝間着の湿り気から勝頼様が泣いているのだと気付いたが、見られたくないのだと察して腕を背に回した。

未だ…否、ずっと御自身を責めておられる。
私は身も心も、既に勝頼様に清められた。
胸中穏やかで、何よりも勝頼様の鼓動の音が落ち着く。
勝頼様の温もりに私は充分癒されていた。

「大丈夫か?」
「…勝頼様、私は大丈夫です」
「そうか。私は大丈夫とは、言えないな…」
「私がお支え致します…」
「…支えられてばかりでは、お前の恋人失格ではないか」
「あなたが生きていてくれるだけで、私は救われております…」
「馬鹿な…。支えられてばかりでは納得出来ん」
「…充分、癒されております」
「昌幸…、私は何も…」
「お疲れでしょう。私も眠りますから、勝頼様ももうお休み下さいませ」

勝頼様を胸に埋めた。
私の心音が勝頼様に聞こえているだろうか。
勝頼様とて戦後処理を為された後の帰宅である。酷く疲労されてる事は間違いない。
私の心音を聞いたからか、勝頼様は大人しくなられた。

「…昌幸」
「はい」
「昌幸、生きているな…」
「はい…」
「昌幸を救えただろうか…」
「はい。無論にございます」
「我儘だ。私の為に、生きていてくれぬか」
「とうに、そうしてございます」
「そうか」
「お館様や父上、兄上には秘密にして頂きたい」
「おう。昌幸は私のだからな」
「はい…。勝頼様…」

私のだ、私のだからな、と勝頼様は仰り私の胸に埋まり眠りに落ちた。
私の知らぬうちにお一人で相当泣かれていたのか、瞼が腫れている。
勝頼様が私の為にここまで泣かれたのか。
愛おしい、好きだと勝頼様を思う気持ちがとめどなく溢れた。
だが私も疲労に倒れそうだ。勝頼様を胸に埋めて私も目を閉じた。



朝を迎えて、私にやらせてくれと事後の後処理を為されて身を清められた。
湯浴みを終えて勝頼様に支えて頂き、二人部屋にて涼む。

勝頼様は肌を拭くのにも世話を焼いて、私が遠慮をしようが聞く耳を持たない。
肌着を着させられ着物を着付けられる際に、勝頼様は首筋に頬を寄せた。

「どうなさいましたか」
「昌幸の匂いがする」
「私の…?」
「昌幸は甘い香りだ。食べたくなるような」
「何を仰る。私は食べ物ではありませんよ」
「ふふ、昌幸は甘くて美味だぞ」
「か、勝頼様」
「身綺麗になったな。…うーん、やはり昌幸は格好が良いな」
「そのような事は…」

勝頼様の身も整え、私は髪を結うべく髪紐を口に咥えて座った。
ふわりと髪を指でとかされる心地に振り向くと、口に咥えていた髪紐を勝頼様に取られてしまった。

「勝頼様」
「私がやるぞ」
「されど」
「真田には帰せぬ。暫し療養せよ」
「体は大事ございませぬ」
「体は、な」
「…勝頼様」

心が癒えていないと勝頼様は言うのだろう。
寧ろ私より深く傷付いているのは勝頼様の方ではないだろうか。
体はどうとでもなろう。
今は勝頼様の傍を離れるべきではない。それは本能的に感じた。

そして私も、勝頼様に傍を離れて欲しくはない。

「傍に居てくれるか」
「傍に居て下さいますか」

髪を結う勝頼様と私の声が重なり、顔を合わせて笑った。
私は勝頼様をお慰めせねば、真田で眠れそうにない。
今は私も、勝頼様も互いに離れない方がいい。
私が支えて、勝頼様に支えられて、まるで私達は。

「…家族のよう」
「ん?」
「勝頼様の傍は居心地が良いです。勝頼様は温かいです」
「そうか。私も昌幸の傍であれば心が安らぐ」
「左様ならば、良うございました」

髪を結っていただき、頭を下げる。
隣に座られると思ったが、そのまま背後に座られて私の背を支えられた。
勝頼様を背もたれのようにしてしまって申し訳なく見上げると、勝頼様の顔が近付き口付けられた。

「ん…」
「…、婚約やら何やら、とうにすっ飛ばしておるな」
「はい…?」
「私達は家族だ」
「…そう思って下さいますか」
「夫婦のように思うている」
「めおと、とは…」
「昌幸は私の伴侶であろう」
「はんりょ」
「顔が真っ赤だぞ、昌幸」
「か、勝頼様。御冗談も程々に」
「私が冗談を言っていると思うのか」
「あ…」

まただ。微笑んではいるのだが、勝頼様の目が笑っていない。
勝頼様は怒る時も微笑まれるのだから恐ろしい。
あの時も、と不意に思い出しかけた時、また口付けられて思い出すのは止められた。
きっと止めてくれたのだろうと思う。

「本気だぞ、私は」
「…御意に、勝頼様…」

今度は本当にふわりと優しく微笑まれて頬に擦り寄られた。
勝頼様の体温が移り、とても温かい。
頬同士を合わせて勝頼様は背後から私を抱き寄せた。

「昌幸」
「はい」
「愛している、昌幸」
「…あ、ありがとうございます。不意に、そんな、あの」
「昌幸は?」
「無論…、お慕いしておりますが…」
「ふふ、暫くこうしていようか」
「…はい…」

勝頼様の体温が心地好い。
背中から伝わる心音が落ち着く。

昨日から勝頼様は私と隙間を作りたがらない。
敢えて、私に肌を合わせて下さっているのだろう。
時には子供のように甘えられる勝頼様に微笑み、そして恋人のように、夫婦のように私を抱き寄せる。
私の方は、もうとうに勝頼様に救われているのだ。
今度は私が勝頼様をお慰めするのが、その、夫婦として、伴侶として私のやるべき事であろう。

「なあ、聞いてくれ」
「何でしょうか」
「昨日からな。昌幸にくっ付いていたくて仕方ないのだ。片時とて離れたくない」
「ふ、甘えたですか、勝頼様」
「昌幸にしか甘えられん」
「それは望外の幸せ。ですが、勝頼様も気を張られてお疲れでございましょう。どうか休まれませ」
「なら、今日は休みだ。だが、昌幸からは離れんぞ」
「はい…。お心遣いに感謝致します」
「当たり前だ。何時も何時でも、何があろうと、私が昌幸を想う気持ちに変わりはない」
「勝頼様…」

文字に表すならにこにこと、本当に朗らかに微笑まれる勝頼様は可愛らしく、愛おしい。
愛おしい。愛おしい。私も愛している。
私からおずおずと頬に唇を寄せると、勝頼様も頬に唇を寄せる。

勝頼様に触れていると、どうにも眠くなってしまう。
それだけ私が勝頼様に心を許して安堵しているという事なのであろうが、私はまだ、もう少し話を続けたい。話なら何でもいいのだ。
勝頼様と時を歩みたい。

「眠いのか、昌幸。眠ってもいいぞ。私は此処に居るからな」
「されど…」
「本調子ではないのだ。腹の傷もあるからな…。休んでおけ」
「勝頼様…」
「ほら、お休み」

胸に顔を抱き寄せられて、勝頼様の心音が聞こえる。
耳に聞こえる勝頼様の心音が何よりも落ち着く。
体温も移ってしまい、とても瞼が重い。

うとうとと目を閉じていたら、肩を引き寄せられてぎゅうと力を込められた。
勝頼様の御手が震えている。
また御自身を責められているのだろうか。

「昌幸、まさゆき…」
「大丈夫ですよ、勝頼様。私がいます」
「ああ…、ん…」
「ん、勝頼様…」

私から唇に口付け、柔らかく微笑む。
勝頼様はそれで安堵されたのか、私を胸に抱き寄せて勝頼様も後ろに倒れた。

「ああ、大好きだ」
「私もです…」

今度は即答が出来た。
私が微笑むと、勝頼様も飛び切りの笑顔で微笑まれた。
そうして私達は互いを想い、とても深く互いを愛していた。

心音が聞こえる。
この心音を聞いていられるだけで、私は大丈夫なのだと目を閉じて笑った。


TOP