昌幸、と呼ばれるのは未だ慣れない。
お館様や父上は、敢えて昌幸と呼ぶ。
信綱兄上や昌輝兄上は未だ昌幸とは呼んでは下さらない。
武田家臣の方々も昌幸と呼ぼうとして下さっているのか、たまに源五郎とも呼ばれる。
私も未だ其方の名に呼ばれ慣れている為に、今はどちらの名でも呼ばれれば反応していた。
「源五、いや、えと、昌幸」
「はい。四郎…、あ、勝頼様」
「はは、やはり未だ慣れぬな」
「申し訳ございません…勝頼様」
「昌幸が謝ることではないぞ。私も未だ慣れぬ」
元服の、あの日。
信の字は戴けなかったと勝頼様は落胆されていた。
私はお館様から昌の字と、父上から幸の字を戴き昌幸の名を戴いた。
お前こそが武田と真田の絆であると、昌輝兄上が頭を撫でてくれていた。
信綱は良いなと勝頼様が微笑んでいたが、信綱兄上は勝頼様の元服を心から御祝いされていた。
あの日から我等はもう子供ではない。
書物の整理をしていた所に声を掛けられ、勝頼様に向き直る。
鍛錬をなされていたのか槍をお持ちになられていたが、其れは外に立て掛けられた。
「昌幸」
「はい。どうされました」
「手伝おうか」
「いえ、勝頼様の御手を煩わせる事は」
「昌幸を探していた。昌幸の傍に居たいと思ったのだ」
「…っ、されど」
「お前の仕事が終わったなら、父上から昌幸をお借りすると許可は得ているぞ」
「手配のよろしい事で」
「はは、さあ、段取りを教えてくれ。どうしたら私は昌幸を助けられる?」
「勝頼様…」
勝頼様の真っ直ぐな微笑みが眩しかった。
御助力を得て、私の仕事は予定していた終了時刻よりも凡そ早く終わらせる事が出来た。
お館様に報告をと、勝頼様と連れ添って歩く。
元服の日の、少し前。
幼き日々に過ごした真田の郷に帰り、山々を見上げて懐かしんでいた事を思い出した。
畏れ多くも私の供をしたいなどと四郎様は仰られ、では友として傍に居たいと四郎様は私に連れ添って真田の郷に参られた。
四郎様と二人、本城の縁側に並んで月を見ていた。
四郎様は相変わらず見目麗しく、武芸も秀でてお強く在られる。
私が父上と兄上を支えるのだと槍を持って語られていた。
私も同じ思いですと頷くと、四郎様も頷いてくれた。
幼き頃に人質だった私を、友として扱って下さり、今でも何かと四郎様に庇われ助けられる事が多い。
私が元服出来たのは、四郎様が居たからだとも思う。
今の私は武田の人質ではなく、お館様の奥近習である。
あの夜までは友であった私達の関係は、少し変わった。
「聞いてくれ、源五郎」
「はい。四郎様」
「私は、源五郎の事を好いている」
「はい。私も四郎様をお慕いしております」
「…違う。そうじゃないんだ、源五郎」
「?」
「友じゃ、もう駄目なんだ」
「四郎…、さ…」
四郎様のお顔が近付き、四郎様の唇が私の唇に重なっていた。
動揺し体を強ばらせていると唇は離されて、もう一度唇に唇が合わさった。
この行為がどういう意味であるのか、ここまでされれば私でも解る。
そしてそれは、私が心の奥深くにひた隠しにしていた思いでもあった。
「なっ、あ、泣かせる、つもりはっ、源五郎、泣くな、ごめん」
「しろうさま、しろう、さま」
「源五郎?」
気付けば涙が溢れていて、ぽろぽろと頬に零れ落ちていた。
四郎様が慌てて私を抱き寄せ、背を撫でて下さった。
その肩に頬を寄せて、四郎様の袖を握る。
ああ、ああ、私だけじゃなかった。
「四郎様はいつも、私の傍に居て下さいました」
「それは、源五郎が好きだからだ」
「ふ…、私が泣いたら、一番に駆け付けて下さいました」
「当たり前ではないか。源五郎を泣かせる奴は許さないぞ」
「…これからもずっと、お傍に居ても…私は御迷惑とならないでしょうか」
「!…源五郎、それは」
「はい、四郎様。私は、あなたの事を」
「ああ、そうか、そうか、そうだったんだな…。私だけじゃなかったんだな」
「はい…、四郎様」
「うん」
「私、四郎様のこと、好きになっても、いいのですか」
「勿論だ!」
私が秘めた思いは勝頼様と同じものだ。
月の下で目を閉じると、勝頼様の影が私に重なる。
これが口付けなのだと、四郎様に身を任せて目を閉じた。
初めての口付けは、四郎様だった。
急に頬に触れられてはっと顔を上げた。
目の前にある勝頼様のお顔に頬を染める。
「昌幸?」
「はっ、あ、いえ」
「どうした?」
恋仲となったあの夜を思い出して更に頬を染めた。
あの夜と言ったって、それはつい数ヶ月前の事だ。
朝が来たら夢なんじゃないかと思いもした。
あの日の夜が明けて朝になって開口一番、勝頼様が私を好きだと伝えてくれた。
それから勝頼様にお会いする度に、好きだと言われ続けている。
あれから躑躅ヶ崎館に戻っても、勝頼様はこの調子である。
私と恋仲である事は武田家中にいつの間にか知れ渡り、父上と信綱兄上に至っては卒倒し頭を抱えて泣いていたと昌輝兄上から聞いた。
私は秘め事にしたかったのだが、勝頼様が公にしたのには理由があった。
「お館様、失礼致します」
「父上、失礼します」
「お入り、昌幸。おや、勝頼も居るのかね」
「はい。約束通り昌幸を戴きに参りました」
「おやおや、昌幸はもうおことのものじゃないのかね」
「お、お館様」
「今日はもうお下がり昌幸。待たせたね勝頼。沢山、昌幸を愛しておやり」
「ええ、勿論です」
「っ、お二人共」
お館様の事は、もう一人の父だと思うくらいお慕いしている。
お館様は人を愛するのに男も女もない、というお考えの方だ。
女は元より、男であろうと抱く。
臣従の絆を強めるとか何とかで、夜伽に臣下を抱くのだと言い聞かせられてはいた。
お館様でなくとも身分の低い人質の私だ。可能性はあるだろう。
父上や兄上達は嫌なら拒め、乱暴をされたのなら刀と槍を持ってお前を奪い返しに行くと、本気で私を心配されていた。
離れていてもいつでも私の事を思ってくれる父上と兄上達の事は、言わずもがなお慕いしている。
されど、いつかはお館様に身を捧げるのだと、ぼんやり考えて私はもう諦めてもいたのだ。
女ではないから孕むことはない。
覚悟をしていれば傷つかないだろうと、父上と兄上達には大丈夫だと文で伝えていた。
結局、父上と兄上達には余計に心配をお掛けしてしまった。
真田家は武功戦功が多く、信濃衆であろうとも甲府に屋敷を持つ事を許された。
父上も信綱兄上も躑躅ヶ崎館の目と鼻の先に屋敷を建てられて、何かあったら直ぐに駆け付けると言うものだから可笑しくて笑ってしまった。
私が愛されていると強く思うのは父上や兄上達、家族からの愛であった。
今は、もし夜伽のお相手をするとしたら勝頼様が良いと思う。
勝頼様でなければ嫌だとも思う。
いつの間にか、お館様は私が勝頼様と恋仲にあるのだと知っていらした。
勝頼様がお自ら告白されたと聞き、私は頭を下げるしかなかった。
身分不相応である。そんな事は身に染みて解っていたのだ。
「顔をお上げ、昌幸」
「はい」
「ふ、本当に勝頼が好きなんじゃね」
「…恐れながら、はい…」
「勝頼や」
「はい」
「昌幸とは、どこまでしたの」
「ち、父上、それは」
「抱くのは、おことだよね?あれ、逆かね?昌幸は格好いいしね。昌幸が上かね?」
「昌幸は、私が抱きます。私が上です」
「かっ、勝頼様っ」
聞いていられない。
何て事を話しているのだと頭を抱えた。
流石に私には聞かせられないと思ったのか、私は席を外すよう言いつけられて部屋を出た。
勝頼様には、直ぐに行くから待ってて欲しいと見送られた。
回廊を数歩歩いて、廊下にへたり込む。
そうして言葉にされると、嫌でも思い知る。
私はいつか、勝頼様に抱かれるのだ。
今はまだ、口付けまでで止まっている。
添い寝をした事もあるが、勝頼様に抱き留められて眠るだけで子供の頃と変わらない。
未だ私達は、四郎と源五郎なのだろう。
「どうした、昌幸」
「昌次」
「具合でも悪いのか」
「だ、大丈夫だ。問題ない」
「顔、真っ赤だぞ?」
「昌次、どうしたらいいだろう。もう勝頼様のお顔が見れない」
「何だ、どうした」
通りかかった昌次の袖を掴み、思わず肩口に埋まる。
昌次も我等の事を知っていた。
同じ奥近習で、昌次の事は何かと頼りにしていた。
訳を話すと昌次は笑っていた。
「随分可愛くなったなぁ、昌幸」
「わ、私は悩んでいるのだぞ。どうしたらいい。どうしたら」
「勝頼様をお慕いしているのだろう。身を任せていればいいさ」
「昌次?」
「勝頼様に妬まれるのは御免こうむる。そして、当て馬にされるのも御免だな」
「っ、そんなつもりは」
「昌幸、待たせたな」
「勝頼様」
「おお、昌次も居たのか」
「勝頼様。ご機嫌麗しゅう。しからば御免」
昌次は私には手をひらひらと振って笑っていた。
あの野郎、他人事だと思って。
沸々と怒っていたら、いつの間にか手を握られて勝頼様との距離がなくなっていた。
頬を染めて、その手を握り返す。
「昌幸は可愛いな」
「藪から棒に…何ですか」
「お前が怒ってるとか照れてるとかは、直ぐに解るな」
「…顔に出ていましたか?」
「いや、顔には出ていないぞ。表情は変わらぬが、私には解る」
「…今でも、解りますか?」
「今は、嬉しそうだな。当たったか?」
「はい…」
表情には出さぬようにしていたのに、勝頼様には見抜かれてしまった。
手を取られ、勝頼様の部屋に招かれる。
しずしずと歩いて着いて行くも、あんな話を聞いたものだからどうしても身が竦んでしまう。
日は落ちて、夜の帳が下りる。
館にもぽつぽつと灯りが点いていた。
遅くなってしまったから夕餉にしようと、勝頼様の部屋で食事をいただき、湯浴みの声掛けを聞いて勝頼様を先にお通しした。
結局今日はあまりお話しは出来なかったなと気を落として帰り支度をしていると、勝頼様が私に耳打ちで話した。
「昌幸。今日は泊まっていけ」
「されど」
「共に過ごしたい」
「畏まりました。それでは布団を御用意しておきましょう」
「…昌幸、布団は一組で良い」
「はい。畏まりました」
添い寝を御所望だろうか。それはそれで嬉しい。
勝頼様と共に布団に入るのは好きなのだ。
返事をして勝頼様を見上げると、勝頼様は眉を寄せて熱を込めた瞳で私を見つめていた。
何かを思い詰めて覚悟をしたような瞳であった。
「勝頼様?」
「私も準備をしてきた。昌幸も準備をしてくれると有難い」
「じゅんび…?」
「昌幸の場合は準備とは言わないか。覚悟を、して欲しい」
「覚悟…、あ…っ」
「私が出たら、昌幸と交代だ」
「は、はい…」
「本当は一緒に入りたいが、初夜は私の部屋がいい」
「っ」
頬に一度唇を寄せられて、勝頼様はそそくさと湯浴みに行ってしまった。
不意打ちの口付けもさることながら、言葉にしてはっきり伝えられるとやはり動揺してしまう。
今宵、私は、勝頼様に抱かれる。
勝頼様もそのつもりで私を呼んだのだ。
覚悟はいつもしていたではないか。それが勝頼様に変わっただけだ。
そう言い聞かせるも、夜伽の相手としての覚悟とはまた違うものだと頭を抱えた。
覚悟はしていても、動悸が酷い。
震える手で何とか布団の支度をしていたが、いつもよりも手元がもたついてしまう。
勝頼様相手では夜伽ではない。情事だ。
そしてこれは私達にとっては初夜である。
そう思ってしまうともう駄目だ。どうしたって緊張と不安と恐怖が私を襲っていた。
ふと背後の襖が開いて、勝頼様が戻ってきた。
勝頼様が早かったのか、私が手間取っていたのか、時があっという間に感じられた。
私が勝頼様を見上げると、湯上りの熱らせた肌のまま、私の前に座り勝頼様は微笑んでくれた。
その微笑みだけで恐怖は拭えた。
勝頼様は頬を撫でて、私の肩を引き寄せ抱き締めてくれた。
「勝頼様」
「ほら、入っておいで。寒いだろう」
「はい」
「後は私がやっておくからな」
「申し訳ありませぬ」
私の手が覚束無いのを見越してか途中までしか出来なかった支度を引き継ぎ、勝頼様は笑って私を送り出してくれた。
何処までもお優しい勝頼様に、この御方を好きになれて良かったと胸を撫で下ろした。
準備、準備というとあれか。
元服したのならそろそろ夜伽のお声が掛かろうと昌次に言われていた為に、何をどうされるのかは知っていた方が良いと無駄に知識だけはある。
されとて筆下ろしも済ませておらず、色恋沙汰に縁がなかった為に、そういう事には疎い。
勝頼様の方は筆下ろしは済ませ、そういう事を知っておられる様子であった。
口付けだとて、勝頼様が初めてである。
身を清めて深く湯船に浸かり、目を閉じた。
余り長湯をすると御心配をお掛けしてしまうと思い準備はしっかりと、覚悟は程々にして湯を出た。
湯に浸からずとも、今は逆上せてしまいそうだ。
「勝頼様。ただいま、戻りました」
「おう、お帰り。昌幸近うよれ」
「はい」
一声お掛けして膝をついて襖を開けると、勝頼様が私を見るなり微笑んで手を取った。
お誘いを受けて傍に座ると、未だ髪が濡れているではないか!と布巾を手に取り私の髪を丁寧に拭いて下さった。
思えば、きっかけはこの髪であった。
「勝頼様、あの」
「大人しくしておれ」
「されど」
「何度も言っているだろう。昌幸の事が一番好きだし、昌幸の髪が好きなのだと」
「…では、お言葉に甘えて」
「おう。ほら、私の前にお座り」
勝頼様は私よりも丁寧に髪を拭いて、櫛を通して下さる。
父上や兄上達は、白黒分かれた私の髪を好いてくれた。
郷の者達も見慣れてくれて、蔑まれる事はなかった。
ただ、傍目には奇異の目で見られる事の方が多かった。
そんな私が見知らぬ甲府の土地に送られる事を父兄らは心配をしていた。
案の定、着いたばかりの時は奇異の目で遠巻きに見られていた。
真田の郷よりも賑わう甲府の街では人通りが多く、余りにも涙ぐむ私を見て父の裾に隠れていた。
綺麗な髪だな、そう声を掛けて下さったのが勝頼様であった。
お館様も綺麗な髪だと皆の前で言って下さった為、それ以上傍目に何かを言われる事はなかった。
「昌幸。初めて出会った時の事を覚えているか?」
「無論。忘れた事はありません」
「ふふ。あの橋の上だった。幸隆殿の袖に隠れていたな。瞳がうるうるしていて可愛かった」
「はい。勝頼様も愛らしゅうございました」
「昌幸は今でも可愛いぞ?」
「っ、そのような事、ありませぬ」
「私は嘘はつかないぞ」
「あ…」
勝頼様のきらきらとした真っ直ぐな眼差しに弱い。
私よりも私の髪を大事にしてくれる勝頼様に櫛でとかされて、私の髪は艶やかに光っていた。
「勝頼様、ありがとうございます」
「うん。綺麗になった」
「はい。お陰様で…」
「…本当に綺麗になったな、昌幸」
「かつより、さま…?」
振り返り頭を下げていたのだが、不意に頬に触れられお顔が近付く。
勝頼様に口付けられて吐息が重なる。
腰に手が回り、抱き寄せられる。
勝頼様の舌が口の中に入ってきた。
口付けられているのに目を閉じるのを忘れてしまい、舌を絡められながら勝頼様を見つめていた。
好き。好きだ。勝頼様が好きだ。
勝頼様に見とれていると私の視線に気付いた勝頼様が少し唇を離して微笑んだ。
「昌幸。そんな顔、私以外に見せたら駄目だぞ」
「顔…?」
「蕩けてる。瞳も、口の中もな」
「あ…」
「もう少し後ろに行こうか」
「…はい…」
「今ので腰が抜けたのか?可愛い奴め」
「…私は…」
勝頼様の口付けに翻弄されて腰から力が抜けてしまった。
そんな私を抱き上げて、背後の寝所に寝かせられた。布団はひとつしかない畳の部屋だ。
勝頼様は私の上に覆いかぶさり、股の間に膝を割り込まれた。
いつの間にやら、枕元には懐紙だとか布巾だとか小物が置かれている。
勝頼様も準備をしてくれたのだろう。
勝頼様に押し倒される形になり、身が未だ強ばっている。
されとて勝頼様を見つめて頬を染めれば、勝頼様は優しく私に触れる。
勝頼様は怖がらせまいと、私を壊れ物のように触れていた。
恐る恐る勝頼様の頬に触れて、目を細めて見つめていた。
勝頼様が愛おしい。私は勝頼様に惚れている。
頬に添える私の手に勝頼様が手を重ねられた。
「昌幸」
「…勝頼様、私がお相手で、申し訳ありません」
「何を言うか」
「女子のように柔らかくもありませぬ。御子も生めませぬ」
「女の代わりのつもりはないぞ」
「失礼のないよう努めますが、どうか…」
「昌幸」
「っ、はい」
「私はこの時を待ち侘びたんだ。源五郎が元服したら、そう決めていたんだ」
「勝頼、さま…」
「初めて会った時から源五郎が好きだった。今は昌幸、お前を愛している」
「…四郎…さま、勝頼さま…」
触れられている所が熱い。
言葉も眼差しも触れ方も、何もかもが優しい。
視界が滲み、咄嗟に掌で隠した。己の涙など勝頼様には見せたくない。
だがその手を取り、勝頼様が指先に唇を寄せた。
「昌幸の初めてを全部、私にくれないか」
「…はい。こんな私で、良かったら…」
「怖かったら、嫌なら、直ぐに言うのだぞ」
「もう怖くありません…。嫌でも、ありません」
「優しくする。すると、思う」
「勝頼様…?」
語尾に違和感を感じて見上げると、勝頼様はぐっと股に膝を擦っている。
少し上、勝頼様の御自身の伺えば下布が張り詰めていた。
私で欲情し、興奮して下さるのか。
私でも、勝頼様の恋人になれるのか。
ほうと吐息を吐いていると、再び唇を奪われた。
優しげな眼差しの奥にぎらついた雄を感じて、見目麗しくとも勝頼様は男であるのだと思い知った。
首筋を吸われ、胸元を弄られ、股に触れられる。
そのような所を触れられるなど初めてで、声を堪えて敷布を握り締め顔を背けていた。
柔柔と直に触れられ、指で乳首を摘まれ、変な声が出てしまう。
咄嗟に片手で口元を覆うも、勝頼様に引き剥がされてしまった。
唇を食まれながら、私自身を扱かれて勝頼様の手の中で果てさせられる。
耳に響くぐちゅぐちゅとした水音に耳を塞ぎたい。
私自身から透明な汁が溢れて、それを手に勝頼様が私を扱いていた。
頬に添えられた勝頼様の掌に縋り、唇を噛み声を堪えていると、口内に指を入れられて噛むなと怒られてしまった。
「ぁ、ぁ、っん、っ…ん!…っ!」
「果てよ、昌幸」
どうしようもなく追い詰められて、遂には果ててしまった。
自慰をした事くらいはあるものの、人の手で、しかも、勝頼様の手で果てさせられてしまい直視できない。
力が抜けて、敷布に身を横たえ、吐息を漏らした。
勝頼様は私の頬を撫でて微笑んでいた。
肩を震わせ、羨ましく勝頼様を潤んだ瞳で見つめる。
今や肌着が乱れて肩に引っかかっているだけで私は半裸に近いのに、勝頼様は胸元を肌蹴られているだけできっちりと着込んでいる。
恍惚な眼差しで見下ろす勝頼様が溜息を吐いて、私ので汚れた褌を剥いでしまった。
下はもう何も隠せない。
私ので腹が汚れていたが、勝頼様はそれに舌を這わせていた。
「っ、ぁ、ん、かつ、よ、ぁ…っ」
「感じてくれているのか、昌幸」
「…は、はずか、しい、です…そんな、こと」
「ふふ。可愛い。昌幸、可愛い」
「っ、ぅ、う」
「もう少し下の方に触れる…。よく解さねば…」
「は、い…」
枕元から小物入れを手に、勝頼様が私を吐息も荒げて見下ろしていた。
見れば勝頼様の肌着は膨らみ、張り詰めている。
勝頼様は、我慢して下さっているのだろうか。
小物入れからとろりとしたものを手に取られ、勝頼様は私の尻に手を這わせた。
勝頼様の手と私の肌から体温が移り、そのとろりとしたものは人肌のように艶めかしく私の秘部を濡らしている。
幾度か躊躇するような素振りを見せて、つぷと指が入れられた。
「ひっ、ぅ…!…!っ…?」
「すまぬ、痛かったか?」
「なんです…こ、れ…?」
「何でも挿入を促し、痛みを弱める軟膏らしくてな」
思わず漏れた声に勝頼様が眉を寄せて頬を撫でられる。
にゅくにゅくと指をゆっくりと奥に進められて、それが中に塗り込まれる度に体が中から熱くなる。
痛みはないが羞恥心がとてつもない。
勝頼様に何て所に触れさせているのだろう。
奥を広げるように触れられる度に漏れる声が抑えられなくて、袖を噛み眉を下げると勝頼様が眉を顰めた。
「…昌幸、痛くないか?」
「……はぁ、…ぁ、ぁ、変な、感覚、で、す…、こんな、の…はじめ、て…で…」
「極少量、痺れ薬も入っていると聞いたが…、効きすぎではないか…?」
「…わたし、へん、ですか…?」
「昌幸の、とろとろになってる…」
「…っ、…、お目汚し、を…」
「ふ、今の昌幸は、艶っぽくて、色っぽくて…、とても、綺麗だ…」
「…そんな、こと」
「昌幸、誰にも見せてはならぬぞ。誰にも許してはならぬ」
「当たり前、でしょう…。勝頼様だけです…こんな、こと…」
「うむ。昌幸は、私のだからな」
勝頼様の言葉が嬉しい。
片手は常に私の頬を撫でて下さっていた。
初めてであるのに軟膏のお陰か、勝頼様の指を何とか受け入れていた。
じんじんとした深い痛みはあったが、指を二本に増やされても傷付いてはいない。
指での抜き差しで随分解れて、私自身の先からとろとろと子種が零れていた。
感じているのだろうか。視界がぼんやりとして余り頭が働かない。
じっくりと指で解される水音に耳から犯されて、勝頼様の指をきゅうきゅうと締め付けていた。
好き、勝頼様、すき、勝頼様。
いつの間にかそんな言葉が頭をずっと巡っていて口に出ていた。
頬を撫でて下さる手に甘えて唇を寄せる。
「かつよりさま…」
「昌幸?」
「好き…、好きです、好き…」
「っ、ま、昌幸」
「お慕いし、て、おります…」
「堪えられなくなる…っ」
「堪えて、下さって…いたの、ですね…」
「お前を怖がらせたくない。傷付けたくない…。大切だ。一番、大切なんだ」
「有り難き幸せ…」
「昌幸、もう」
「はい…」
首元を緩められて、熱った吐息を吐かれる。
私を見つめる瞳は熱がこもっていた。
勝頼様も褌を落とし、漸く肌着で前を開いた。
脚を抱えられて、手を引かれる。
私に触れて欲しいと手を引いたのは、勝頼様自身であった。
ぎちぎちに張り詰めて、今にも弾けそうだ。
こんなに堪えられてと眉を下げると、私を押し倒し、勝頼様は口付けられていた。
「お前の中で果てたい」
「っ…!」
「昌幸とひとつになりたい…」
「はい…、私も…勝頼様と…」
ずっと頬に触れていた勝頼様の手が離れて、私の腰に添えられた。
脚を抱えられて、挿入せんと下に当てがわれている。
身も心も蕩けていたが、それでも貫かれるのは怖いと何処かで思っていたのだろう。
思わず敷布を握り締めて目を閉じると、不意に額や頬、唇に口付けられる心地がした。
それがとても優しくて、目を開けると勝頼様に耳元で囁かれる。
「…入れるぞ」
「は、い…」
「掴むなら、私にしておけ」
「っ!!ゃ、あ、あっ、ぐっ、ぅ…!」
「っ、き、つい…」
「ぁ、っあ、あ、ん、ぁん、ん…!!」
「っ…」
指と比べられないほど勝頼様の張り詰めた男根は太い。
いくら軟膏と指で蕩けたとはいえ、大きさが違いすぎる。
体が力んでしまって、勝頼様のを押し戻してしまう。
違う。違う。私は拒んでいない。
無意識に頬に伝う涙を拭いながら、思わず勝頼様の首に腕を回した。
勝頼様も余裕がない。
荒く息を吐かれて私の頭や背を撫でた後、腰を掴まれゆっくりと深く腰を押し進められた。
「ん、ぅ…!!ぁ、ぁ…!!」
「昌幸、まさゆき…」
「は、っぁ、…ん、ぅ……」
「ん、っ、ふっ、ぅ…」
腰を強く掴まれながら、深く激しく口付けられる。
再び軟膏を手に取られて、繋がっている箇所に更に塗り込まれる。
私の胸にも塗られて、乳首がぴんと立っている。
息すらままならないほど激しく口付けられて視界が点滅した。
勝頼様は一度唇を離されて微笑まれた。
「昌幸」
「かつ、よ…りさ…っ!?」
「昌幸、昌幸、昌幸…、ああ、ずっと、ずっと、こうしたかった。ずっとお前を抱きたかった」
「ぁっ…?!ぁ、ぁん、ん、んっ…!」
かと思うと、私に打ち付けられるように腰を打ち付けられ、女のように脚を開かされて抽迭が始まった。
声を堪えようにも堪えられない。
抽迭の振動で深く中を抉られて、肌で乳首が擦れて、何処も彼処も痺れている。
私自身も固く勃ち、先からとろとろと精液を零していた。
私が感じているのかどうかは、解らない。
ただ、ふわふわとした言い様のない幸福感に包まれて、幸せで幸せで堪らなかった。
深く貫かれる度にぐちゅ、ぐずっとした水音が部屋に響いている。
首に回していた腕の力が入らなくなり、抽迭の度に腕がずり落ちていく。
勝頼様の麗しいお顔は、今や飢えた雄である。
腰を打ち付けられる度に私の脚が跳ねていた。
私は今、勝頼様に抱かれている。
胸も下も過敏に反応してしまって、恐らくこれが快楽なのだと自覚した。
幸せで堪らなかった。
ぽろぽろと涙が溢れて止まらない。
好きになってはいけない人だと思っていたのに、今はこんなに愛して、愛されている。
勝頼様が眉を下げて、私に口付けられる。
勝頼様の肩が震えていた。
「昌幸、まさゆき…」
「は、い…、はい、かつより、さま…」
「愛している。愛している」
「…わたし、も…、私もです…、勝頼さま…」
「昌幸の中に、果てたい。昌幸を孕ませたい…」
「っ、は、い…、勝頼様で、いっぱいにして…くださ…い、勝頼さま…っ」
「ふっ…、ん、んんっ…!」
「ぁ…、は、ぁ…!」
体の中にじわじわと広がる感覚に目を細めて吐息を漏らした。
勝頼様が私の中で果てている。
どくどくと注がれる感覚に幸福感に包まれた後に、視界が白くなり意識を手放した。
意識を取り戻すと、勝頼様が今にも泣きそうな瞳で私を見下ろしていた。
体の接合は未だ解かれておらず、ぎちぎちと勝頼様のを締め付けている。
一度果てたのだろうに、勝頼様のは未だ張り詰めていた。
「昌幸、昌幸、大丈夫か?」
「は、い…」
「気を飛ばしていた。此処も血濡れに…」
「勝頼様…」
「っ…、ま、昌幸?」
無意識に勝頼様をきゅうきゅうと締め付けてしまう。
私が未だ果てていないからだろう。
慣れてもおらぬというのに、体の方は更なる快楽を求めて燻っていた。
随分涙を流していたらしく、目元を擦る。
勝頼様に目元や頬を撫でられて、私を案じてくれているのが伝わった。
「…昌幸、未だ、大丈夫か」
「無論…。一度きりでは、足りませぬ」
「昌幸、そなた、血が」
「大事ありませぬ。どうか、意地悪は御容赦頂きたい…」
「意地悪など、していないぞ」
「…いつまでも、このままでは…、いけませぬ…」
「っ、そうだな。それでは…」
「…もっと、勝頼様…」
「い、良いのか。もっとしても…?」
「勝頼様のお気に召すまま、私の気が済むまで…。あなたに、溺れたい」
「ま、昌幸」
「軟膏のせいです。ですから、あなたは何も悪くありません…」
無意識に中の勝頼様を締め付けると、再び固さを取り戻して私の体を犯していた。
入れられたままでは、果てられない。
焦れったくて勝頼様の小指を握ると、ぐっと腰を押さえ付けられ中から勝頼様が出ていってしまった。
尻をとろりと伝う白濁とした勝頼様の子種と、破瓜で傷付き出血した赤が敷布にぽたたと脚を伝い垂れていた。
もう終わりなのかと初夜を名残惜しんでいたら、不意にうつ伏せにされ腰を掴まれた。
「ぁ、くっ…!!」
「なんて…妖艶なんだ…、昌幸」
「ぁ、あ、ふか、い…っ…」
「私に狂わせてやる」
当てがわれたかと思うと、後ろから一気に貫かれて再び体を繋げた。
体位が変わり、先程の正常位よりも挿入が遥かに深い。
勝頼様自身の形が分かるほど深く咥えこんで、件の軟膏のせいか余りの衝撃に挿入されただけで果ててしまい敷布を己が子種で汚した。
敷布に顔を埋めて肩で息をしていると、勝頼様に首筋を甘く噛まれた。
それだけでも、もはや感じてしまう体になってしまった。
深く深く体を抉られるように奥に貫かれて、こつこつと奥に当たる度に声を上げて首を横に振った。
そこに当たる度に、体が痺れてきつく勝頼様を締め付けてしまう。
「そ、こ、それ、ゃ、ぁ…、ん…だ、め、ら、め、で、す…っ!」
「後背位なれば、こんな…奥、にまで、入るのだな…」
「だ、め…、かつより、さま、ぁ…、ひ、ぅ…!」
「昌幸、覚悟致せ。私はお前を食い足りない」
「ぁ、ぁ、あ…!」
がっちりと腰を掴まれて、与えられる快楽から逃れられない。
うつ伏せであるが故に敷布に乳首が擦れて、それもまた快楽を煽っている。
中に律動と中に果てられる感覚に目を細めるも、抽迭の動きは止まらず、腰は再び打ち付けられた。
「かつ、よ…、かつ、っ、ぁ…っ!」
「孕め昌幸。私はお前を孕ませたい」
「っ…!」
孕む訳がないのに、勝頼様の雄を感じて体が反応し締め付けてしまう。
私はどうやら、勝頼様に火をつけてしまったらしい。
互いの若さも相まって、互いが互いに溺れて、私は堪らず意識を手放した。
ちちち、という鳥の声に薄く目を開けた。
夜明け前なのだろう。鳥が細々と鳴いていた。
身支度をする為に身を起こそうとしても、体が動かない。
身を捩り目を擦ると、勝頼様に強く抱き締められていた。
昨夜の事を思い出して、頬を染めた。
「…かつ…、ぁ…」
声が掠れて名を呼ぶ事もままならない。
身を起こそうとしたものの、腰から下の鈍痛が酷く、胸も腫れているようでひりひりと痛い。
途中で気を飛ばしてしまい、あれからどうなったのか解らない。
辺りを見回すと、水に入った桶と手拭いが置かれていた。
くしゃくしゃに丸められている懐紙には血のようなものが滲んで転がっていた。
敷布も新しい物に替えられていたし、私の肌着も着ていたものと違うものだ。
私を胸に抱き締めてすうすうと眠る勝頼様が、恐らくは事後の処理をしてくれたのだと思う。
私が自らやるべき事であるのに、勝頼様にお手を煩わせてしまったようだ。
申し訳ありませんとぽつりと呟くと、私を抱き寄せる腕が少し緩まり、私の頬を撫でた。
時が経てば経つほど昨夜を沸々と思い出して、私は勝頼様に抱かれたのだと思い知る。
鼓動が早まり、胸がきゅうと締め付けられていく。
いつの間にかぽろぽろと涙が溢れてきて、私を抱き寄せている勝頼様の袖を濡らしてしまった。
ぱちりと、睫毛の長い瞳が開かれた。
その瞳の中に私が映ると、勝頼様は直ぐに身を起こして私を抱き締めた。
「昌幸。昌幸、すまぬ。痛かったよな。辛かったよな。私が無体を強いてしまった。何て酷い事を」
「…勝頼様…」
「何処か痛むか?体中痛かろう。ああ、声も掠れて…」
「おはようございます…、勝頼様」
慌てふためき私の涙を拭う勝頼様を見つめて微笑む。
私が悲しみや怒りで泣いていないのだと察したのか、私の頬を撫でた後に、勝頼様は額に口付けられた。
「…ああ、おはよう。昌幸、眠れたか?」
「はい…。勝頼様が、温かくて…」
「…うん。今日は、離さないからな…」
「されど…」
「昨日、父に進言してある。お前も私も部屋に籠ると。食事以外は人は来ぬ」
「お館様は…、何と」
「軟膏を二つくれてな。一つは…その、分かるだろう?」
「っ、はい…」
「もう一つは、もう塗っておいたからな。私が酷く傷付けてしまったから、どうか今日は私を使ってくれ」
「そんな、勝頼様を使うなど」
「後処理も、傷の処置も、敷布も身なりも、私なりに整えたつもりなのだが…大丈夫だったか?」
「…お優しいのですね…。ありがとうございます。完璧です」
「水を飲もうか。私とした事が、もっと早く気付けば良かった」
身を起こされ、水差しから水を飲ませようとしてくれた。
勝頼様に身を任せていると、水差しから水を飲んだのは勝頼様であった。
勝頼様も水を飲みたかったのであろう。
そう思って目を閉じていると、不意に唇が合わさり口移しで水を飲まされた。
そんな事、と頬を染めていると勝頼様も頬を染めていた。
唇を少し離され、唇が触れ合う距離で見つめられる。
頬に手を伸ばされて、額を合わせられる。
私も頬を染めて勝頼様を見つめた。
「あ、あの、その、ま、昌幸」
「はい…」
「そ、その、あの、昨夜は、良かった、だろうか…?」
「…はい…」
「私は、酷い男だったろう」
「まさか。私の…勝頼様ですよ…」
「そ、そうか。お前の、私か…」
「あっ…、申し訳ありません…、差し出がましい事を」
「否、私はお前のものだ。それに、昌幸は私のものだ」
「はい…、はい、勝頼様」
心はとうに勝頼様に差し上げていた。
漸く体も捧げる事が出来た。
溢れる涙は、身に余る幸福感からだ。
そのまま、また押し倒されて、勝頼様に口付けられる。
幸せで幸せで堪らなくて、今は昔、源五郎であった子供の頃のような泣き虫に戻ってしまった。
「昌幸は、可愛くて堪らん…」
「え…」
「源五郎でも、昌幸でも、可愛くて可愛くて、好きで好きで、愛して堪らない」
「か、勝頼様…、恥ずかしいです…」
「本当の事だ」
胸に抱き締められて頬を撫でられる。
勝頼様は故意に私の頬を撫でている。怖がらせないように、安心するようにと、撫でて下さる。
目を閉じているとまた唇が触れ合って、とさりと敷布に身を委ねて首筋を吸われた。
結局流れるままに勝頼様に身を委ねていたら、その日も体を重ねて傷が広がってしまった。
それでも、今は勝頼様に溺れていたい。
敷布に身を委ね、勝頼様の首に腕を回し愛おしいと微笑む度に涙が零れていた。
それから暫くお館様はからかわれているのか、怒っているのか。
何かにつけて勝頼様を構われていた。
暫く甲府に不在であった父上と兄上達が私を見るなり卒倒されて、お館様の元に乗り込んでいったのはまた別の話だ。