そのほだされて

勝頼様と恋仲になるとは考えていなかった。
幼き日々を思い返しても、勝頼様は私にいつも優しかった。
今も優しく、私に接してくれている。
私が好意を持つには十分だったとは言え、勝頼様が私以上の好意をお持ちだったとは俄には信じ難い話であった。

強面で無愛想な私とは違い、勝頼様はいつも優しく朗らかに笑っていらして、時折それが可愛らしいと思えるほど笑顔が眩しい。

事後の体が重い。
勝頼様に何度抱かれようとも慣れる事はなく、自分の至らなさが情けなくて申し訳ない。
情事の際の勝頼様は殊更にお優しくて、私を撫でる手は慈しみが溢れていた。
私も勝頼様を深くお慕いしている。

夜の帳は深い。
気を飛ばして、そのまま眠ってしまったようだ。
私と共に褥に横になっていらした勝頼様の姿が見えず人肌の温もりが消え、寒さに目を覚ましてしまった。
御自身のお部屋に戻られたのであろう。
置いていかれた上着を引き寄せ、その上着に顔を埋める。

寂しいなどと、私が言える立場にない。
一時でも、勝頼様と過ごせたのなら私は幸せであろう。
溜息を吐き、寒さに掛布を丸めて勝頼様の上着を胸に抱き寄せた。

「昌幸、起きているのか?」
「…勝頼様」

足跡が聞こえたかと思うと、襖が開いた。
勝頼様が見まえて目を丸くする。
御自身の部屋に帰られたのではなかったのか。
何やら手持ちの盆には急須と器が二つ見える。

「ふ…、寂しかったのだな昌幸」
「そのような事…」
「ごめんな。夜食を貰いに行ったのだ。未だだったろう?」
「あ…」

傍に座られ、盆を置かれた後、勝頼様が私を起こして腰を支え胸に埋めた。
情事に満たされていて忘れていたが、夕餉を食べていなかった事を思い出した。

「私が行ってしまったと思ったのか、昌幸。見くびってもらっては困る。事後の恋人にひとり寝などさせぬぞ」
「申し訳ありませぬ…」
「…だが、寂しいと思ってくれたのは嬉しい。私は昌幸に想われているのだな」
「…当たり前のことです…」
「ふふ、そうか」

恋人と言われて、ふわりと心が温かくなった。
夜食にと勝頼様が貰ってきたのは茶漬けだった。
白米に梅と海苔と昆布が乗っていた。
体が冷えていたので茶漬けは有難い。
勝頼様と二人、隣合って茶漬けを馳走になる。
勝頼様が好きな昆布が乗っていたので、勝頼様に差し上げた。

箸を揃えて二人分の器を下げるべく、柱に手をついて何とか立ち上がる。
未だ腰が立たないが、勝頼様にやらせる訳にもいかぬ。

「昌幸、無理をしては」
「下げて参ります」
「待て待て。部屋の外に置くだけでいい。誰か下げてくれるさ」
「されど」
「駄目だ。お前に無理をさせたくない」
「私はそこまで柔では…」

盆を言われるがまま廊下に置くと、勝頼様にふわりと横抱きにされてしまった。
こうも軽々横抱きにされては、男として不甲斐ない。
そのまま床に寝かされて、勝頼様が傍に座った。

「朝になったら、湯浴みに連れて行ってやろう。もう、おやすみ」
「勝頼様」
「寒いのか、昌幸」
「あの、勝頼様」
「では、こうしよう。もう何処にも行かないからな」
「はい…。勝頼様、あの」

勝頼様の腕を枕に、優しく抱き寄せられる。
とても温かくて、安堵する。勝頼様の匂いがした。
ただ、無理矢理寝かしつけられているような気がして勝頼様を見上げる。
何故、私の声を遮るのだろう。いつもはそのような事はされないというのに。

脚を絡めるように勝頼様が触れ合った為に、気付いてしまった。
勝頼様のが、未だ固い。
きっと、勝頼様はあれだけでは満足されていない。

「勝頼様」
「すまぬ、昌幸。気付かれたくなかった」

私が気を飛ばしてしまったから、勝頼様が加減されて止めて下さったのだろう。
体が無理なら、口で御奉仕する事も出来る。
勝頼様がそう命じられないのは、一重に…。

「…勝頼様」
「っ、ま、昌幸?」
「此れを、どうなさるおつもりで…」
「…どうとでもするさ」

寝間着の上から勝頼様のものに触れつつ、勝頼様の上に伸し掛る。
ぐっと唇を噛む。
私の事を想っているのは解る。否応にでも解る。
ただ私とて、勝頼様に負けないくらい、勝頼様を想っている。

「口でなら…」
「ならん」
「されど」
「お前に無理をさせてまで、晴らしたいとは思わぬ」
「今宵は…勝頼様が一重にとても優しくして下さいましたから、未だ大丈夫です」
「だが、気を飛ばしただろう」
「…それは、勝頼様が…、良い塩梅で…突くものですから…」
「っ、昌幸、待て、勘弁してくれ」
「?」

勝頼様が起き上がり、私を膝に乗せた。
唇を指で撫でられ、頬に手を添えられる。
ああ、この手だ。勝頼様の手はいつもお優しい。

「私は、お前を愛しているのだぞ」
「…その、存じておりますが…」
「不意打ちは止めろ」
「何がですか?」
「質が悪いぞ、昌幸」
「?」

腰を撫でられている事に気付き目線を上げると、勝頼様の顔が近い。
頬を染められて、腰を引き寄せられる。
口付けられるのだと気付いて目を閉じた。

舌を絡められて深く口付けられる。
腰にある手が徐々の下の方に伸ばされている気がして目を細めた。

「勝頼様…」
「良いのか、昌幸」
「はい。勝頼様」
「触れるぞ」

勝頼様の肩に額を乗せる。
異物感を感じ、声を堪えた。中で勝頼様の指が動いている。
未だ勝頼様のを処理せず中にあるものだから、水音が響いて恥ずかしい。
脚を精液が伝うのが解った。

「勝頼様…」
「昌幸が嫌なら」
「どうぞ御随意に、勝頼様」
「…では、そのまま腰を落とせるか」
「そのまま?」
「このまま昌幸を抱きたい」
「このまま…」

騎乗位というのは初めてだと思う。
いつも押し倒されて勝頼様が伸し掛るものだから、このように向かい合わせに体を起こしたままというのは初めての体位で勝手が解らない。
それに…いつもは勝頼様がお好きに腰を進めて挿入されるものだから、この体位だと私が、その、腰を動かさなくてはならないのではなかろうか。

頬を赤く染められて、私の股に勝頼様のが当たっている。
どうにでもすると言ったが、私が居るのに私以外を抱かれるのかと思うと切なくなった。
そうでないとしても、恋仲にある間柄として申し訳ない。
私で満足させて差し上げられないのは不甲斐ない。

「…勝頼様…」
「怖いか、昌幸」
「…御教授下さい、勝頼様」
「全く、お前は。何処まで私を惚れさせる気だ?」
「私とて勝頼様にされるがままというだけでは、気が済みません。私以外を抱かれると仰るのなら、何が恋仲かと…」
「今更、お前以外を抱くものか」
「っ、勝頼様…」
「無理なら止めよ。昌幸は…大事に、一等大事にしたい」
「勝頼様だけが堪えるなど…嫌です…」

与えられる言葉の数々は私を思うあまりのものだ。
膝で体を支えつつ、勝頼様の両肩に手を置いて吐息を吐く。
勝頼様の指が、中で音を立てている。

「っは…、ぁ…」
「これだけ柔ければ…もう大丈夫だな」
「はい…」
「そのまま腰を落とせるか、昌幸」
「ぅ…、支えて…下さい…」
「どれ、細いな…昌幸」

当てがわれ、先が中に入った。
腰を勝頼様に支えられるも、尻や顎を撫でられて力が抜けてしまう。

私を撫でる勝頼様の手が優し過ぎる。
肩に置いていた手を、ゆるりと勝頼様の首に回して手首を握った。
頬や耳を甘噛みされて、心地良さに体の力が抜けてしまう。

「…勝頼様…、だめ、です…そんな…」
「ふふ、気持ち良さそうだな昌幸」
「ぁ、ぁ…!ん…っ!!」

意図せず膝が折れてしまい、勢い良く勝頼様を中に受け入れてしまった。
何も覚悟をしていない体に、一気に最奥まで突かれてぞくぞくと背筋が強ばる。

「ふ、はっ、んっ…!」
「入れただけで…、果てたのか昌幸」
「かつ、より、さ…ま…」
「ん…、大丈夫だ。昌幸」

勝頼様と体を繋げただけで、私は果ててしまった。
余りの事に情けなく、恥ずかしく、思わず勝頼様の肩に顔を埋める。
背中と腰を撫でられて、勝頼様が私を柔柔と抱き締めてくれた。

「ほら、おいで昌幸」
「……、かつよりさま…、私…、こわい、です…」
「ん、落ち着くまでこうしていよう」
「勝頼さま…」

余りの強い快楽に堕ちそうになる。
果てたばかりで過敏になってしまって、少しでも動かれると何も考えられなくなってしまう。
そんなのは、怖い。

私の眼差しだけで勝頼様は察したのだろうか。
敢えて動かれず、私を優しく抱き留めて下さった。
胸の動悸が苦しい。
優しい主は、私に何処までも優しい。
私の優しい主に、応えたい。

私の恋人の、勝頼様に応えたい。

「…勝頼様…」
「大丈夫か?」
「…上手く出来るか、解りませんが…」
「っ、ふっ…、まさゆき…?」
「かつよりさま…」

首に腕を回し、私の胸に抱き寄せるようにして腰を上げると、水音がして引き抜かれる感覚に体が痺れる。
抜ける寸前で止めて、再び腰を落とした。
中から勝頼様のが溢れてくる。
体が快楽に痺れて、勝頼様のを締め付けてしまう。
何とかそれをゆるりと繰り返すも、私は余り早く動けない。
きっと、勝頼様はまた我慢されて…。

恐る恐る勝頼様を見下ろすと、私を見上げて、とても…儚げに笑っていらした。
私で感じて下さっているのだろうか。

「…っ、まさ、ゆき…、愛い…」
「ん…、っぁ…!」

深く甘く口付けられて、腰を引き寄せられる。
勝頼様が腰を押し付けてくる。
下から突き上げられるなんて初めてで、伝わる衝撃から逃げられない。
勝頼様は元より、私よりお強い猛将で在られる。
体力も腕力も、私が適う事がない。

鼓動が聞こえる。
勝頼様の鼓動が肌で解った。私と同等か、それ以上に動悸が酷い。

「ん、んんっ…!」
「ぁ…、ゃ、あ、ぅ…!」

下から突き上げられて、勝頼様を奥に感じる。
中に果てられたのだと、下腹部に触れて勝頼様の肩に凭れた。
この心地は、私だけのものだ。

背を撫でられる感覚に目を細める。
よしよしと、子供のように私を撫でられる。

優しい勝頼様の手。
その手に、私の手を重ねて笑った。
この人の事を…好きで、好きで、堪らないのだ。

「…昌幸」
「はい…、勝頼様」
「…昌幸を存分に抱きたい」
「…はい…、存分に…」
「ふ、存分にだぞ?」
「…今宵は、朝まで共に過ごしたいです…。駄目…でしたか…?」
「っ、昌幸」
「ぁ…、ゃ、勝頼様っ…」

体を繋げたまま、深く突き上げられつつ勝頼様に褥に押し倒される。
脚を開かされて、あられもない。
恥ずかしいと脚を閉じようにも、勝頼様が片脚を肩に掲げて唇を寄せる。
奥に突かれると、中の勝頼様の子種が溢れてしまう。
咄嗟に繋がりの箇所を指で撫でた。

「勝頼様の…、あふ、れて…」
「…まこと、無自覚は恐ろしいな昌幸」
「…?」

勝頼様が私の胸に顔を埋められて、深く溜息を吐いた。
勝頼様がするように、私も勝頼様の頬を撫でた。
私の手に甘えられて、勝頼様が笑う。
だが笑顔が何処か怖い。

「勝頼様…?」
「覚悟せよ、昌幸」
「っぁ…!待っ、か、勝頼さま…っ」

深く突き上げられて、声も堪えられない。
自分の嬌声など聞きたくないと、勝頼様に手を伸ばした。
勝頼様が私に深く口付けながら、抽迭を繰り返す。
勝頼様にあられもない姿で抱かれて、幾度か果てさせられ、文字通り泣いた。





あれから二度ほど果てさせられ、溜息を吐く。
勝頼様も存分に私を抱かれたのか、お顔が艶々としておられた。
意地でも気を飛ばすものかと、無理をしていたが勝頼様に見破られてしまった。
上着を掛けられ、褥に横になる。

勝頼様の子種が私の中に沢山果てられた。
私が孕む事はないが、事後の気だるさは身に堪える。だが心地が良かった。
身も心も勝頼様に満たされて、深々と温かい想いに包まれる。


勝頼様が私を抱き寄せて、掛布を引き寄せになる。

「…かつよりさま…」

とろりと視界が蕩けて、朧げに勝頼様を見つめて名を呼ぶ。
事後は余計な詮索も何も考えられぬ。ただ、ただ、勝頼様を想うばかりであった。
想うだけで幸せだった。想われるのは幸福が過ぎる。
故に事後は、触れて欲しくて堪らない。
離れてほしくなどなかった。

「辛かったか?」
「いいえ…」

頬に伝うものを感じ、勝頼様に手を添えられた。
こんなに幸せを感じてしまって良いのだろうか。
これから代わりに何か恐ろしい事が起こるのではないか。
幸福が過ぎて、恐ろしい。

「どうした。今宵は泣き虫だな、昌幸」
「どなたのせいですか…」
「私のせいだな」
「そうです」
「…本当に、大事ないか。加減が出来なかったのだが…」
「大事ありません、勝頼様」

ふ…と笑うと、目尻を撫でられた。
勝頼様に瞼に口付けられ、首筋にも口付けられる。
はっとして勝頼様の手を引いた。

「…もうお許しを…」
「ふふ」
「勝頼様、駄目です…、もう…」
「痕を残しておきたくてな」
「んっ…」

首筋を吸われる感覚に目を細めた。
赤く、首筋に所有の痕を残された。
その後もちゅ、ちゅっと音を立てて勝頼様に口も吸われる。口付けがお好きなのか。
されるがままにしていたら、勝頼様がふと微笑まれた。満面の笑みである。

「…どうなされた」
「いや、今宵の昌幸は甘えたがりだと思ってな」
「そのような事は…」
「疲れているだろう。もうおやすみ」
「…未だ、眠りとうございませぬ」
「では暫し、睦み合おうか」
「え…、あの…」
「ふふ」

愛い愛いと抱き寄せられて、頭や腰を撫でられる。
太腿を撫でられるのは、先程までの熱を思い出してしまい頬を染めた。
結局されるがままに許していたら、あちらこちらと口付けられて痕を付けられてしまった。

何事も行動を起こされるのは勝頼様からだ。
私からも少しだけ、仕返しをしたい。

「っ…ん」
「ん、昌幸…?」
「仕返しでございますよ」

私から口付けを。
勝頼様の唇を指で撫でた後、胸元に顔を埋めて隠した。
今はとてもお見せできない。

「全くお前は…、娶るぞ昌幸」
「何を馬鹿な…」
「本気だと言ったら、どうする」

勝頼様が恍惚に溜息を吐かれた。
勝頼様のお手が、私の髪や肩を撫でられる。
その心地に私もほうと溜息を吐いた。


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