もう随分慣れたとはいえ、やはり信濃から甲府は遠い。
峠に着くと、名峰富士が見える。
このまま下れば躑躅ヶ崎館に着くが、皆を気遣い小休憩とした。
馬を休ませ、小高い丘に腰を下ろした。
良い景色だ。
竹筒から水を飲み、富士を見ながら寛いでいた。
そろそろ来るだろうと見下ろしていたら案の定である。
丘を登ってくる者たちの姿が見えた。
ただ、人影がいつもより多い。
「兄上。お迎えに上がりましたぞ」
「ああ、昌輝」
「信綱兄上、お久しぶりです」
「ふ、昌幸も来たのか」
「真田左衛門佐信綱様。お館様のお言い付けでお迎えに上がりました」
「仰々しいな、昌幸。ほら、おいで」
「あ、兄上」
久方振りの兄弟の再会に微笑み、昌輝の肩を叩き、昌幸の頬を撫でた。
ムカデ衆としてお館様に務めている昌輝がこの辺りでいつも迎えに来てくれるのは通例であった。
もうそろそろ迎えに来てくれる頃かと腰を落ち着けていたのもあり、迎えの者たちが代わる代わるに荷物を受け取り我らを労ってくれた。
迎えに来てくれたのは、甲府の真田の屋敷の者たちだ。
昌輝はともかく、昌幸が迎えに来てくれたのは初めてだった。
また少し見ないうちに、大人びたようだ。
昌幸は奥近習としてお館様に務めている。
まだ源五郎と呼ばれていた頃に、昌幸は武田家に人質として送られた。
昌輝と共にそれはそれは可愛がっていた小さな弟だったからこそ、あの時の別れは今でも昨日の事のように覚えている。
昌幸は控えめな性格であったが、いつも己の意思を殺して我慢をしてしまう子であった。
故に、この優しい子が郷や家族と離れてひとり躑躅ヶ崎館でやっていけるのかと心配でならなかった。
そんな我ら父兄の心配を余所に、昌幸は逞しく育ち、弁舌では言い負かされるくらいになった。
どうやら子供の頃に我らが弱くて小さいと決めつけてしまい、甘やかし守り過ぎたようだ。
昌幸はもう立派に一人の武士であった。
昌輝が皆を見回り、取り仕切っている。
一行は昌輝に任せておけば大丈夫であろう。
昌輝が皆を率いるのを見て、わしは殿に移動しゆっくりと馬で丘を下った。
皆に声を掛けられていた昌幸であったが、わしが殿に下がると昌幸も着いてきた。
「源五郎。また少し、大人びたな」
「昌幸です、信綱兄上。兄上はいつも私を子供扱いなさる」
「わしの中では、いつまでも可愛い弟だからな」
「可愛くなど…」
「…大事ないか」
「…はい。兄上が行ってしまって、寂しゅうございました」
頬を撫でると、昌幸は無意識に擦り寄る。
小さな子供の頃からそうだった。
昌幸は甘えたがりで、泣き虫で、寂しがり屋だ。
可愛い弟、というのは本当の話だ。
にいにとわしの裾を握り締めていたあの小さな源五郎が会う度に大人びていく。
そして弟は、昌幸は、わしの事を好いていた。
純朴な好意ではなく、恋慕の想いを秘めていた。
誰にも話せない禁忌の想いである。さぞや苦悩したであろう。
そしてその想いは、暴走したのだろう。
好きになってごめんなさいと、体を無理矢理繋げて、昌幸は泣いていた。
随分一人で苦しめてしまったのだと思う。
恋慕の想いは、昌幸だけではなく、わしが長年秘めていたのだ。
無理矢理繋げて血濡れになってしまった体を慰めるように、弟を、昌幸を抱いた。
だがあれでは、同情されたのだと思われたかもしれない。
甲府での任期が終わり、昌幸としっかり話せないまま離れてしまった。
故にずっと、気がかりでいた。
「…昌幸、頼みがある」
「何なりと」
「数日、わしの為に時間を割いてくれぬか」
「信綱兄上の為に、ですか」
「一日だけでも良い。お前ときちんと話しておきたい」
「…はい…」
昌幸が表情を暗くさせた。
わしからの話を身構えているのだろう。
承知とは言いつつ、浮かない顔をして眉を顰めている。
そんな弟の様子を見て、その頬を撫でると無意識に擦り寄る昌幸が可愛らしい。
「兄上?」
「昌幸。わしの思いは、変わっていない」
「っ」
「さて。毎度の事ながら、少し疲れたな。ゆっくり風呂に入りたいものだ」
怖ばりは抜けただろうか。
目元を染めて微笑む昌幸の肩を叩き、馬の歩みを早めた。
後をついて昌幸が横に着いた。
「あ、あの」
「ん?」
「本日のお勤めを終えたら、屋敷に行ってもよろしいでしょうか」
「構わないが、多忙ではないのか。急いて無理に抜け出す事はないのだぞ。お前の評判を落とすことはない」
「今は落ち着いております。ずっと、兄上にお会いしたかったのです。文ではなく、お顔を見て、直にお話がしたかったのです」
「そうか。わしもお前に会いたかったよ」
「っ、兄上は、たらしですね。質が悪い」
「そんなつもりはないのだが…」
頬を撫でて微笑むも、昌幸は視線を逸らしてしまった。
何処となく怒っている様子の昌幸に、何か機嫌を損ねただろうかと見つめていると、袖を引っ張られている感じがあり振り向いた。
昌幸がわしの袖を指で摘んでいる。
「昌幸?」
「ずっと、ずっと、信綱兄上にお会いしたかったのです」
「それは、すまなかった」
「…今宵、楽しみにしております 」
「ああ」
わしの見る目が変わったのか、それとも昌幸の振る舞いが変わったのか。
以前よりも愛おしく思うようになった。
幼子であった頃から大切に大切に見守ってきた弟だ。
その思いは変わっていないのだが、今は昌幸を人として愛している。
愛して欲しいと、愛していると、そう言われてしまった。
あまりにも予期せぬ思いがけない告白であった。
甲府、躑躅ヶ崎館にてお館様にお目通りを願い、義信様や勝頼様にも御挨拶をし一息を吐いた。
昌幸は各々自らに課せられた職務に戻ったようだ。
束の間の兄弟の時間であったが、甲府に居ればいくらでも会えるだろう。
皆を先に屋敷に見送り、躑躅ヶ崎館から程近い屋敷へ向かう。昌輝がわしの馬を引き、見送りに来てくれた。
躑躅ヶ崎館の西に位置したわしの屋敷は、帯那山の麓に近い。
信濃の真田の郷を離れても、やはり山を見ていたい。
躑躅ヶ崎館からは天気が良ければ富士も見れた。甲府は良い街だとそう思う。
昌輝は今は空の父上の館で寝泊まりをしているらしい。
何でも昌幸が菜の花の種をくれたらしく、庭に菜の花を植えたそうだ。
春には満開になっていたそうで、来年また咲けるようにと昌輝が手入れをしているらしい。
わしら兄弟は皆、父が好きだ。
あの御方が喜んでくれるなら、力を尽くそうと思う。
昌輝からここ暫くの近況を聞いていたが、わしが疲れているだろうからと話を区切り頭を下げた。
わしの屋敷に着き、家の者に馬を任せると昌輝は照れ臭そうに頭をかいていた。
「すみません。兄上に会えたのが嬉しくてつい…。お顔を見るとどうにも色々話さずにいられなくて。お疲れのところ、一方的に話し続けてしまい申し訳ござらん」
「構わんさ。お前の活躍は真田にまで届いておる」
昌輝の活躍もよくよく聞いている。
父上から、昌輝や昌幸の話を聞いていた。
身丈はわしに並ばん勢いだが、やはりわしの弟だ。
頭に手をやり肩を叩くと、照れ臭そうに昌輝は笑った。
「お恥ずかしい。父上や兄上には及びませぬが、これからも精進致します」
「ああ。暇があれば顔を見せよ。わしもお前と話がしたくてな」
「はい、喜んで。機を見てわしからお誘い致します」
「ああ、楽しみにしている」
「今宵は昌幸が屋敷に向かうと言っていました。昌幸に先を越されてしまいました」
「ふ、まさか、昌幸が迎えに来るとは思わなかったな」
「兄上に会いたいと、昌幸は随分焦がれていたように思います。いつも通りわしが迎えに行くと言うと、一緒に行きたいとせがまれましてな」
「そうか。寂しがらせてしまったのやもしれぬ」
「まあ、今宵は昌幸に譲ります。されば、兄上」
「ああ、またな。昌輝」
「御免」
今度はわしが昌輝を見送り、一先ず旅の汗を流そうと湯浴みの支度を命じた。
汗を流してから着替えたいと思い、着替えることはしなかった。
縁側に座り、麓から山を見上げる。昌輝も昌幸も、随分と立派になった。
明日は会合に顔を出し、昌景様と話をして、それから…、思案している内に湯が沸いたと聞き湯浴みに向かった。
格子から外を見たら日が落ちていた。
湯船に浸かりながら顔を拭い、ぼんやりとしていた。
疲れが抜けたようで、ほうと溜息を吐いていると、湯殿の戸口に人の気配がする。
「信綱兄上」
「ん?昌幸か?」
「お許しを得たので、早めに参りました。此方にいらっしゃるとお聞きして…」
「そうか。なら直ぐ出よう」
「いえ、お背中をお流ししたいと思います」
「なら、昌幸も一緒に入るか?」
「よ、よろしいのですか?」
「そこまで狭い湯殿ではないからな」
おいでと促すと、支度をして来ると言って立ち去った。
暫く待っていると、扉が開き髪をまとめた昌幸が腰布を巻いて入ってきた。
「昌幸」
「兄上、あの、御迷惑ではありませんか」
「迷惑ではないさ。お前も疲れただろう」
「はい…。お背中お流し致します」
「ああ、頼もうか」
湯船を出て椅子に座る。
昌幸が背後に膝を付いて座り、背中を流してくれた。
背中に触れる昌幸の手は大人びたと思うが、やはり小さい。
可愛い可愛い弟だ。身なりは大人びたが、未だ何処かあどけない。
ふと背中に重みを感じていると、腰に手が回り昌幸がわしの背中に頬を付けていた。
その手は少し自信がなさそうに震えていた。
「昌幸?」
「…本当に、ずっとお会いしたかったのです」
「昌幸、此方においで」
「信綱兄上…?あっ…」
「よく顔を見せてくれ」
振り向いて胸に抱き留めると、昌幸は目を見開いてわしを見つめ返した。
眉を下げた昌幸の瞳が徐々に潤んでいく。
頬を撫でて、腰を引き寄せて、何処も小さく未だ少し頼りない身丈の昌幸を柔柔と抱き締める。
潤んだ瞳は、あの夜を思い出させた。
唇を指でなぞり上を向かせると、みるみるうちに昌幸の頬が赤くなっていった。
わしはもう、覚悟を決めている。
「あの、あの、信綱兄上…?」
「うん?」
「信綱兄上は、あの、その」
「何だ?」
「私の事、どうお思いですか…?」
「いつでも、愛おしく思っているよ」
「…それは、弟として…」
「昌幸」
そのまま唇を重ねて微笑む。
昌幸は肩を震わせていたが、背を撫でるとほうと力が抜けていった。
今一度口付けると、昌幸が少し口を開けた。
もっと深くという誘いであろう。その誘いに乗り舌を絡めるようにして深く、そして優しく口付けた。
暫し甘く口付けていたが、昌幸の息が上がってきた。
苦しませるのは本意ではない。
頬を撫でながら唇を名残惜しく離した。
大丈夫かと声を掛けようとしたが、昌幸の表情に口篭る。
昌幸の蕩けきった表情は、とても人に見せられるものではない。
「…お前、何て顔をして…」
「あにうえ…」
「ん?」
「好きです…。好き、好きです。愛しています…」
「ああ、ああ。前にも言っただろう?わしもだ。想いは変わってないさ」
「…嬉しい…、兄上…、あにうえ」
「ああ、昌幸。可愛いな…」
「ずっと、ずっと、信綱兄上にお会いしたかった」
「すまない。不安にさせてしまった」
「…あのまま、なかったことにされたのだと思っていたのです」
「お前より、勤めを優先してしまったな。本当にすまなかった」
「いいえ、いいえ。父上や兄上達がいらっしゃるから私が頑張れるのです。お勤めを恨んだことはありません」
「いじらしい事を…」
二人きりになれば、こうして触れる事も出来る。
寂しがらせてしまった、不安にさせてしまった事を謝ると、昌幸は首を振りわしの胸に擦り寄る。
昌幸は寒がりだ。
源五郎だった頃から、よく震えてわしの上着の中に入っていた事を覚えている。
昌幸と徒然なるままに会話を続けながら、話を遮らぬように昌幸の体を流した。
わしの所作に気付いて昌幸が自分でやると言ったが、わしがやりたいからいいんだ、甘えて欲しいと頬を撫でた。
体を流し終えると、まとめていた髪に触れた。
白黒に分かたれた特徴的な昌幸の髪。
結んでしまうのが勿体ないくらい綺麗な髪だ。
わしの髪も所々白く色が抜けていて、昌幸もわしに似たのかもしれないと思い、嬉しく思っていた。
傍目から見れば、昌幸の髪は奇異の目で見られよう。
そういう輩の汚い言葉を昌幸の耳に入れぬよう、今まで始末してきた。これからもそうだ。
紐をといて丁寧に丹念に髪を洗っていると、昌幸がわしを見上げていた。
ん?と優しく微笑みを返して頬を撫でると、その手に擦り寄り甘えてくれた。
幾ら身丈が成長したとて小さな子供の頃から変わっていない。大人しくて寂しがり屋で甘えん坊の源五郎である。
小さな頃から懐いていたし、歳が離れすぎている事もあって、父子のように接していた節もある。
いつの間にか、家族としての好意から変質していた。
互いにそれは、何時からだっただろうか。
生まれた時から、愛おしい。
大切にして護りたいという思いは、恋慕の思いを自覚しても変わっていない。
「…あの後、大丈夫だったのか?」
「あの日は…暫く、寝込んでしまいました…」
「…ああ…。傍に居てやれなくて、すまなかった」
昌幸からの夜這いを甘んじて受け、そして流されるままに弟を抱いた。
翌日から戦支度に追われ、暫く昌幸には会えずに居た。
あの日は勢いに任せてしまった事もある。
ろくに気遣ってやれず、傍を離れてしまった事がずっと胸につかえていた。
「あ、兄上…、あの…?」
「冷えてしまう。昌幸もお入り」
「私も…、ですか?」
「少し狭いが…、ほら、膝に座るといい」
「あ…、兄上、重くないですか…?」
「昌幸は細身だからな」
身綺麗にした昌幸の手を取り、先に湯船に浸る。
手を取ると恥ずかしそうに頬を赤らめていたが、遠慮がちにわしの膝に座る昌幸の肩と腰を引き寄せた。
冷えた肩に湯を掛けてやり、頬を撫でてやると、わしを見上げた瞳が潤んでいた。
随分、大人になった。色気すら感じる。
小さな子供だと可愛がっていたが、あんな事があったのだ。さぞやもどかしい思いをしていただろう。
桃色の唇に触れると、柔らかくしっとりとしていた。
「昌幸」
「はい」
「今まで、不安にさせたな…」
「はい…。すみません兄上」
「何を謝る?」
「…兄上の事を好きになりすぎて、兄上を追い詰めてしまいました。こんな事、倫理に反して…、ん、ぅ…」
後に続く言葉は、昌幸の思いを否定するものだと察して唇を塞いだ。
幾度か優しく啄むように口付けると肩の力が抜けたようだ。
「ぁ、ぁ、あに、う、え…」
「わしとて、お前が好きだ」
「っ…!!」
昌幸が涙ぐむのを見て、目尻を指で拭う。
もう一度口付けると、少し口を開いた。
もっと深いものを求められているのだろう。
腰を引き寄せ舌を絡めて、口付けをより深いものとしていった。
舌を絡めていても、腰を引き寄せてみても、思い知る。
昌幸は小さな弟だ。歳を重ねてもそれは変わらなかった。
両腕が首に回り、昌幸から求められて、口付けは長く深いものになった。
昌幸の息が上がっている事に気付いて唇を離すと、蕩けた瞳がわしを見つめていた。
「あにうえ…」
「そのような顔、誰それと見せてはならぬぞ」
「兄上だけです…。兄上、信綱兄上」
すり、と擦り寄り甘える昌幸の体は随分熱い。
わしの言葉で、随分安堵してくれたようだ。
そして今ので随分、熱らせてしまった。
湯船の暑さも合間り、このままでは昏倒しかねんと見て、昌幸を横に抱え上げて湯船を出た。
湯殿を出て簡単に自分を拭いた後、昌幸を引き寄せて、丁寧に手拭いで体を拭いた。
昌幸も手拭いを取り、わしの顔や髪を拭いてくれた。
互いに拭いて見つめていると、やはりどうにも愛おしくて、昌幸が可愛く見えて仕方がない。
粗方拭き終わり額に唇を寄せると、昌幸が目を瞑り上を向いた。
唇にして、と強請っているのだろう。
随分可愛らしいお強請りに、頭を撫でてから少し屈んで唇を合わせた。
「ふふ、兄上…」
「続きは、部屋でな」
「っ…続き?」
「ちゃんと、教えてやる。もうお前が、あんな無体をしないように」
「…は、はい…」
昌幸の肩に肌着を掛けた。
わしも適当に上着を羽織っていたが、昌幸が手を掛けて身支度を手伝ってくれた。
褌を手に掛けられたところで、昌幸の手を掴む。昌幸とて、腰布で見えぬが下は身に付けておらん。
「あ、兄上、あの」
「どうせ脱いでしまうのだから、後で良かろうよ」
「っ、ぁ、あにう、え…」
「お前も、な」
「っ、ぇっ、あ…!兄上、恥ずかしいですっ」
「なら、ほら、わしの上着に隠れるといい」
上着だけを羽織り、身支度も適当にして、昌幸を横に抱いた。
日に焼けていない白い生脚が艶めかしい。
捲れば色々見えてしまうだろうと、わしの上着に包んで横に抱き上げた。
昌幸はわしの羽織を見に纏い、わしに擦り寄るように甘えていた。
そんな昌幸に微笑みながら、足早に裏から部屋に向かう。
家のものは用があれば呼ぶと言って遠ざけている。
されとて居室に行けば何かと構われるであろう事を見越して、奥座敷の寝室に昌幸を連れ込んだ。
さすがに布団は敷かれていなかった為、昌幸を下ろすと襖を開けて、さっさと布団を下ろしそこにころりと昌幸を寝かせた。
昌幸は借りてきた猫のように緊張しているようだが、それでいて欲情してくれているのがわかる。
内股に触れただけで、濡れているのが解った。
ほうと溜息を吐いてわしを見上げると、わしも風呂上がりのままであった。
前が肌蹴て、胸もあれも露出していたが今更隠すつもりもない。
離れてしまったあの日からずっと、昌幸をきちんと抱いてやりたいと思っていた。
情欲は、わしの方が燻っている。
「昌幸」
「はい、兄上」
「触れても、よいか」
「はい…、はい…、信綱兄上ならば…」
「…他に、触れさせてはならんぞ」
「無論です…。信綱兄上だけです…」
仰向けに寝転がした昌幸に覆いかぶさり、頬を撫でた。
わしの手に擦り寄るように甘える昌幸に微笑み、額や頬、そして唇に口付ける。
直ぐに開いた唇に苦笑しつつ、舌を絡めればそこはもうとろとろに蕩けていた。
随分、感じやすいようだ。
そのまま手を滑らせて首筋や胸に触れると、昌幸の肩がふると震えた。
乳首は桃色で、弄られた事はないのか、こなれた様子もない。
昌幸は奥近習である。信玄公に手を出されていてもおかしくはない。
よもやそのように躾られたのかと思ったが、昌幸の反応は処女のそれと相違ない。
あの時はこなれた様子を見せていたが、あれは演技であった。
今の昌幸の反応が素である。
右を捏ねくり、左は口を付けて吸うと、昌幸は脚を立て、わしを挟むようにして内股になっていた。
片手は口元を抑えていたが、もう片手は自分のものを掴んでいる。
先走りが垂れて、そこはもう随分ぐずぐずになっていた。
「自分では、触れるのだな」
「…ぁ…、兄上」
「どれ、見せよ」
「ぇ…、ゃ…、恥ずかしい…です…」
「ほら、昌幸」
「ぅ、ぅ…」
頬に触れながら優しく諭すと、昌幸は手に擦り寄り、わしの手を己のものに触れさせるよう引き寄せた。
小ぶりで可愛らしいと思ったが、それでも人並であろう。
わしの体躯が人よりは大きい為、昌幸のが小さく思える。
昌幸の手に指を絡めて触れながら、もう片手で昌幸のを扱いた。
流石に人に扱かれた事はないらしく、わしの手を握り締めて、切なく声を漏らしていた。
口付けて欲しいと目線で強請られて唇を寄せると、昌幸の息遣いが伝わる。
もう随分余裕がないのだと悟り、昌幸を追い詰めるべく扱きを早めて、先端も弄った。
「あにうえ、あにう、ぇ、あにうえぇ…」
「果てよ。このままでは辛い」
「ぁっ、ぁ、ぁっ…ぁーっ…!」
わしに促されるまま程なく昌幸は果て、わしの手や腹を汚すほどに飛び散ったそれを手に取る。
人に果てさせられた事はなかったのだろうか。
昌幸は頬に伝うほど涙を流して、赤面していた。
「…ごめ、ごめんなさい、あにうえ…」
「何を謝る。もう我慢しなくていいんだぞ」
「ですが、兄上が…汚れて…」
「汚れたとは思っていない」
肩で息をしながら余韻に震えている昌幸を見下ろしつつ、手に粘液を纏わり付けたままするりするりと更に下の方へ指を滑らせた。
流石に何処に触れられるのか解ったのであろう。
昌幸の体が一瞬で強張り、緊張したのが分かる。
これを解いてやらねば、繋がることなど出来ない。
「昌幸」
繋いでいた手を上にあげて、昌幸の額に唇を寄せた。
眉を下げてわしを見上げる昌幸に口付けると、少し肩の力が抜けたように思う。
わしから口付けを深めて、咥内を貪ると、昌幸の体から柔柔と力が抜けていくのが解った。
「あにうえ…」
「痛むのであれば、止めよう」
「っ、ぅ…ん…!」
「…未だ、きついか」
「ゃ、やめ、ないで、あにうえ…、あにうえぇ…」
「昌幸」
「っふ、大丈夫…、ですから…、ゃ、めないで、兄上、あにうえ」
「解った。もう少し力を抜けるか?」
「は、ぁ…、あに、あにうえ」
「ああ。おいで昌幸」
首に腕を回されて、昌幸にしがみつかれた。
何とか力を抜こうと必死なのだろう。
浅い呼吸を繰り返す昌幸の背を撫でて支えながら、中に漸く指を一本入れることが出来た。
指一本でもきつい。中はひくついていたが、未だ受け入れる準備は整っていなかった。
ぐにぐにと抜き差しを繰り返すと、昌幸の頬をぽろぽろと涙が伝う。
未だ痛むのだろう。やはり処女と変わらない。
涙を拭いつつ唇を合わせれば、舌を絡める度に少しずつ昌幸の体が解けていった。
指一本も難なく咥えるようになり、もう一本指を増やした。
さすがに圧迫感が増したか、昌幸の吐息も荒い。
ぴんと立っている乳首が目に入り、此処も感じているのかと思って指で触れた。
触れただけで、中の指がきゅうと締め付けられる。
どうやら今の昌幸は随分過敏のようだ。
「ひゃ、う…!」
「此処、弱いのか」
「ぁ、兄上が、さわるか、ら…」
「ふ…、わしだけにしろよ、昌幸」
「っ、兄上だけ、兄上だけ、です…っ」
昌幸が涙ぐみ、わしの首に腕を回して抱き締められる。
細い腕に必死に抱き留められて、片手で腰を支える。
昌幸としては心外だったようで、ぽろぽろと涙を零していた。
「昌幸」
「兄上…、信綱兄上だけです…」
そんなにわしのことを好いてくれていたのかと思うと、愛おしく思わずにいられない。
涙を拭おうと少し顔を傾ければ、昌幸から口付けてくれた。
昌幸から舌を絡めて、口付けは深くなっていく。
「まさゆき、ああ…、ごめんな、昌幸」
「あにうえ、信綱兄上…、兄上…」
わしも随分、腰が重くなってきた。
共に浸かった湯船では未だそこまでに至っていなかったが、今はもう随分重い。
未だ指二本でもきつい。ゆっくり解していかねばならない。
絶対に昌幸を傷付けたくなかった。
涙を拭い、頬や額に口付けながら、指を中で広げていく。
きつく締め付けがちの昌幸に力を抜くように口付けながら、頭を撫でつつ褥に寝かせた。
また昌幸のが濡れてきている。どうやら痛みの他に感じるものもあるようだ。
そっとそこに触れれば、随分とぐちゃぐちゃになっていた。
「ぁ、ぁに、ぅ、ぇ…?」
「痛くないか、昌幸」
「きもち、い…ぃ…です…」
「そうか。痛くないのなら良かった…」
「…もっと、もっと、さわって…、あにうえ…」
「っ、まさゆき…」
舌っ足らずに呟く昌幸が余りにも可愛らしくて眉を寄せる。
どうしてこんなに可愛いんだと、困ってしまう。
小さな頃から可愛かった。ずっと、昌幸は可愛い。可愛くて仕方ない。
「信綱、あにうえ…?」
「…うん。昌幸が可愛すぎて、困ってしまった」
「そんなこと、ないです…」
「…昌幸、もう少し、もう少し…な」
「もう、大丈夫です…、兄上の、見せて…」
「…怖がらせてしまうのではないか」
「湯船で、お見かけしました。子供の頃にもお見かけしていました。今更、恐れませぬ」
「そういう目で、見た事はないだろう?」
「…そういう目で、見ていた事もあります」
「…お前、いつから…、そんな」
「ふふ」
思わぬ告白に驚いてる間に、昌幸がわしの首筋や胸に触れて、その手はするすると下の方に下がった。
羽織っていただけの上着を肌蹴られ、昌幸に直に触れられた。
昌幸にこのように触れられたのは初めてだと思う。
されとて、もはや劣情を抱く相手だ。
昌幸に直に触れられては長くは持たない。
「兄上こそ…、ずっと私の事、好きだったのでしょう…?」
「生まれた時から、ずっと大切に思っておるよ」
「…では、いつから、私の事を想って下さっていたのですか」
「覚えておらんよ。何せ、ずっとお前のことしか考えていなかった」
「…信綱兄上…、私だって、ずっと兄上の事が好きだったのですよ…。愛していたのです…」
「っ…、昌幸」
昌幸に根元を扱かれ、奥歯を噛む。
果てるのなら、昌幸の中で果てたい。
中に出してしまうのは本意ではないが、今日は昌幸を抱いた事を残したかった。
もう指二本も難なく飲み込むようになった。
昌幸のもぐずぐずで、限界が近いように思える。
手を離させて、額を撫で、昌幸に宛てがう。
「ぁ…、ぁに、うえ…」
「いいか、昌幸」
「はい…、きて、あにうえ…」
「っ、全く、お前は…」
「ぁ、ぁ…ぅ!ぁ、あに、あに、うえ…っ!」
ゆっくりと腰を押し進めるも、体を暴き開いていくような感覚に、慣らしが未だ足らなかったのではないかと焦る。
未だ昌幸の体は慣れていなくて、接合部がきつい。
中途半端な挿入では辛かろうとそのまま腰を押し進めて、深く奥まで根元が昌幸の尻につくほど奥に挿入した。
浅く胸で息を繰り返しつつ、ぽろぽろと涙を零す昌幸を見下ろして、優しく見つめた。
わしの視線に気付いて、昌幸が緩やかに微笑む。
未だ辛いのだろう。眉は下がっていたが、わしの指を握って微笑んでいた。
その手を引き寄せて指を絡め、もう片手で昌幸の頬を撫でた。
「愛しているよ、昌幸」
「っ、あにうえ、信綱兄上ぇ…」
「うん。此処に居るよ」
「私も、私も…、私の方が、信綱兄上のこと、好きです…」
「どうかな。わしの方が…」
「っふ、ふふ、あにうえ…、あにうえ…、すき、すきです…、あにうえ」
「昌幸」
昌幸が微笑み、下腹を撫でる。
少し腰を揺り動かすと、奥に当たるような感覚がある。
随分奥の方にまで入っているようだ。
苦しくないのだろうかと眉を下げると、昌幸から頬や掌にちう、ちゅうと唇を寄せた。
可愛らしい仕草に顔を撫でてやると、きゅうと奥が締まった。
「こら、昌幸…」
「こんな奥まで…、兄上が…」
「ああ…。苦しくないか、昌幸」
「兄上の…、大きくて…凄いです…」
「…っ、お前はまた、そういう事を…」
「ぁ…!」
正直、言い回しや言葉では昌幸に勝てない。
そして何よりも可愛く、愛おしく思っている昌幸だ。
この行為は、受け入れる方の負担が大きくて、下手をすれば傷付けて、起き上がれなくなってしまう。
重くなった腰を自覚しつつも、欲望のままに抱き潰すような事はせぬと心に決めていた。
「…辛くないか、昌幸」
「動いて…、兄上」
「未だ、辛いのではないか…」
「兄上ので、いっぱいにして…、兄上…」
「っ…!お前は、また」
昌幸に主導権を取られてしまうのは、不本意である。
細腰を両手で掴み、ゆっくり腰を動かして、突き上げていく。
昌幸が漏らす声と、耳に響く中からの卑猥な水音にどうしたって煽られる。
「ぁ、ぁぅ、ぁ、に、うえ、ぇ…」
「昌幸、まさゆき」
「っひ、ぅ…!」
昌幸の首元に歯を立てつつ、柔く甘く噛みながら首筋を吸う。
胸元も吸って、痕を残した。
肌にぽつりぽつりと痕を残しながらも、抽迭は止めず、こつこつと当たる奥に突き上げていく。
その都度、昌幸が締め付けるものだから、奥歯を噛んで果てぬよう耐える。
「ふ…ぅ、っん、っ、ふふ…っ」
「昌幸…?」
「兄上、だいすき…信綱兄上…」
「っ、昌幸」
眉を下げていたが、下腹を撫でながらわしの首に腕を回して擦り寄り甘えてくる昌幸が可愛くて仕方なかった。
流れに任せて、一度は抱いた。
しかしあれは情事とは言えない。
昌幸の体を解いて、抱くのは初めてだ。
未だ明るさすら残る日暮れなのだが、これが我等の初夜である。
可愛すぎる昌幸の仕草や言葉に、どうしたって煽られる。
首筋や胸元に痕を付けながら、より深く奥に当たるように抽迭を早めた。
ひゅっと息を吸い込み、わしの首にしがみついて耳元で声を上げる昌幸を撫でた。
昌幸の腰が揺れている。このような事を何処で覚えてきたのだと咎めるように見つめると、動いちゃう、と昌幸が舌っ足らずに喘ぎながら何とか言葉を零していた。
「どれ、昌幸…。何処が良いのか、教えてくれ」
「そ、んな…っ」
「そのように自ら腰を揺らしているのだ。良いところがあるのだろう?」
「…っ、兄上が、おやさしい…から…っ」
「…余計な気遣いであったか。ふむ、ならば…」
「っひっ…ぅ!ぁっ、ぁっ、っ!!!」
「っ…!まさゆき、締め付け過ぎ…、昌幸…?」
「ぁ、ぁ…は、ぁ…、ぁ、あ…」
「果てたのだな…。大丈夫か…?」
わしの加減は昌幸にはもどかしいものであったようだ。
ならば加減せず抱いてやろうと深く抽迭を繰り返すと、きつく締め付けられ、昌幸の体が強ばった。
がくがくと震えて褥に沈む様を見て、腹が濡れている事に気付き頬を撫でた。
「わしので、果てたのだな…」
「ぁ、あに、兄上…、あにうえぇ…」
「っ、昌幸の中に果てたい…。良かろうか…」
「はい、はい…、兄上で、いっぱいに、して…」
「…お前はまた、そういう…」
「ぁ、っぁ…、まっ、まって、あにうえ、ゃ、また、いっ、ちゃ…ぅ…っ!」
「昌幸…、まさゆき」
「ぁーっ、ぁ…!!」
昌幸の中、一番奥に果てた。
昌幸もまた果ててしまい、きゅうきゅうに締め付けている。
腹はまた風呂に入らねばならぬのではないかと言うくらい濡れてしまい、昌幸の頬には幾重にも涙が流れていた。
押し潰さぬよう片手で床を支えながら腰を抱え上げ、昌幸と額を合わせた。
未だ余韻でふわふわとしているのだろう。瞬きの度に涙が零れていた。
目尻を指で拭うと、昌幸が眉を下げて微笑む。
「大丈夫か…、昌幸」
「っ、信綱兄上…」
「は…、お前が落ち着くまで待とう…」
潤んだ瞳で見上げる昌幸の額に口付けて、弾くつく体を落ち着かせるように肩を撫でた。
果てたばかりの昌幸が締め付け過ぎて、未だ抜けそうにない。
深く息を吐くと、昌幸は頬に擦り寄ったり、耳を甘く噛んだり、何かとわしに甘えてじゃれついていた。
仕草ひとつひとつが愛らしくて好きにさせていたが、もう抜こうと腰を引くと昌幸の脚に挟まれて止められてしまった。
「昌幸…?」
「…もっと、信綱兄上…」
「っ、否、お前に無理をさせたくない。あの日だって昏倒したのだろう?今日はもう…」
「おねがい、兄上…」
「っ」
「今日は、兄上が…ずっと、傍に居て下さるのでしょう…?」
「…それは、そうだが」
「私を、甘やかせて下さい…、信綱兄上」
「…わしが、お前に甘いのは、今に始まった事じゃないだろう?」
「ぁ…、あにうえ…?」
「無理だと思ったら、止めるからな。それまでは…、覚悟するがいい」
「…はい…、信綱兄上…」
もう止めようとしていたが、昌幸のお強請りには弱い。
滅多に我儘を言わぬ子であったからこそ、強請られては応えずに居られない。
腰を抱え込み、昌幸のを扱きつつ、抜かずにそのまま抽迭を再開した。
わしのと、昌幸の二人分、果てた精液が混ざりあって卑猥な水音が響いている。
わしとて、昌幸をとても深く愛している。
きっと昌幸は知らないだろう。わしがどれだけ劣情を抱えて、そしてそれを我慢してきたか。
無意識に擦り寄る仕草や、わしを締め付けて内股になってしまう脚。潤み過ぎて涙が溢れている瞳や、震えながらもしがみついてくる細腕だとか、昌幸は全身でわしを受け止めてくれていた。
可愛らしくて、愛おしくて、堪らない。
「あにうえ、あにうえ…ぇ…」
「昌幸、愛しているよ」
「…っぁ…、のぶ、つな…あにうえ…ぇ…」
二度、三度と抜かずに、昌幸に強請られるままに抱き続けた。
幾度かは昌幸に待てを食らいもしたが、あえて聞き流し執拗に攻めて果てさせたりもした。
わしも随分余裕がなかったのだろう。
肩で息をしているのを見て、流石にもう無理であろうと、同時に果てさせるべく腰を撫でる。
腰を撫で付けるだけで、昌幸の中が締まる。
もう腰を撫でるだけで感じるのだろう。
接合を重ねる度に、昌幸の体が過敏になっているのが解る。
首に回っていた両腕も今は褥に落ちて、敷布を弱々しく握り締めているだけだ。
その掌に指を絡めて握り締めると、ぎゅっと昌幸も握り返してくれた。
額を付けて見つめると、昌幸が目を閉じて上を向いた。
可愛らしいお強請りに応えて口付けると、咥内も接合部も、何処も彼処もとろとろに蕩けていた。
「昌幸、昌幸、愛しているよ」
「兄上…、嬉しい…、あにうえ…」
「…昌幸、もう…っ」
「ぅん…、兄上ぇ…」
昌幸が果てたのを見届けてから、昌幸の中に果てた。
接合部から溢れるほど、昌幸の中に果ててしまった。
流石にやり過ぎてしまったと柔柔と頬を撫でるが、昌幸が余りにも大人しい。
肩で息はしているが、体は脱力し、意識はなかった。気を飛ばしてしまったのだろう。
昌幸もわしの腹を濡らすほど果てていて、無理もないと額を撫でた。
あの後、意識のない昌幸を抱き上げて、何とか部屋だけは整えた。
汗ばんで濡れていた肌着も新しいものに替えて体を拭い、横に寝かせて布団を掛けた。
昌幸が目を覚まし落ち着いたら、事後の処理もしてやらねばならんと身支度を整えていると、ふと背中に重みを感じて振り返る。
「昌幸」
「兄上…、行かないで、信綱兄上」
「何処にも行かないよ」
「本当ですか…?」
「ああ、本当だとも」
身支度を整えて、わしが行ってしまうと思ったのだろう。
ひしっと上着を握り締めて背中に縋り付く様子は、子供の頃に見た姿と変わらなかった。
振り返り額に唇を寄せると、昌幸は安心したようにそのままわしの膝に寝転んだ。
「…大丈夫か?」
「あんなに激しいの、初めてです…」
「すまない。お前が可愛くて、つい」
「…ここ、信綱兄上でいっぱいです…」
「ま、まさゆき…っ」
下腹を撫でてわざとらしく見上げる仕草に動揺するも、膝に甘える様子は可愛らしくて、頭を撫でると手に甘えて擦り寄ってくる。
ぽつりぽつりと首筋に見える赤い痕に、やはりやり過ぎてしまったなと頭を抱えた。
「兄上、横になって下さい」
「うん?」
「信綱兄上の腕を貸して下さい」
「こうか」
「はい…」
腕枕をして欲しかったのだろう。
傍に寝転ぶと、わしの腕を枕に昌幸が擦り寄り甘えてきた。
未だ無理をしているようで、体はまだ熱っている。事後の熱が覚めた訳ではない。
背を引き寄せて頭を撫でると、可愛らしく微笑んで昌幸はわしに擦り寄り甘えてきた。
それの何と可愛らしい事か。
思わず額に口付けると、昌幸から唇に口付けられた。
まこと、愛らしくて敵わない。
「このまま微睡んでいたら、眠ってしまうだろう」
「だめ、ですか…?」
「…此処を、そのままにしては…」
「…後で、しますから…、今は、どうか…」
また昏倒してしまうのではないかと、昌幸の下腹を擦るも、わしの手の上に手を重ねて、未だこのままが良いと昌幸は目を細めた。
心配だと言うも、兄上がいるから大丈夫と言って、昌幸は微睡み瞼を閉じてしまった。
「昌幸…?」
「少し…疲れてしまいました…」
「すまぬ。無理を…」
「ですが、とても幸せです…」
「昌幸…」
「…信綱兄上、今日は何処にも行っちゃ嫌です…」
「…何処にも行かぬ。お前を一人にするものか」
頭や頬を撫でて、肩を引き寄せる。
体が熱っているとはいえ、冷やすのは良くない。
昌幸をふわふわとした布団に包むと、頭だけ出して昌幸は胸に埋まった。
「……昌輝兄上は、此方には来られぬのですか」
「昌輝は父上の屋敷だ。今日は来ないだろう」
「…そうですか」
「何だ。寂しそうな声をして」
「兄弟三人で過ごせるかなと、思っていたのです」
「…それはまた、何れな。今宵は駄目だ」
「今宵は…?」
「お前のこんな姿を、誰にも見せるものか」
「…信綱兄上」
昌幸は嬉しそうに笑って、わしの胸に擦り寄っていた。
終始愛らしい仕草に、昌幸が可愛らしくて、愛おしくて堪らない。
昌幸がうんと幼い子供の頃から、額や頬に口付けるのが癖だった。
されとて、唇にだけは決してしなかった。
今もそのようにして額に口付けていると、昌幸が拗ねたような顔をしてわしを見上げていた。
「信綱兄上」
「ん?」
「子供の頃からいつも、どうして、唇にしてくれないのですか?」
「わしなりの配慮であり、遠慮であったよ。唇は、いつか、お前に本当に好きな人が出来たらと…」
「その時から、信綱兄上は私に…?」
「ふふ、どうかな」
「…信綱兄上…」
「ん…、ん…」
昌幸から見上げるように口付けられて、直ぐに離される。
何度口付けてもやはり昌幸の唇は柔らかくて、そして華奢なのだと体格差が解る。
小さくて可愛い弟だ。
やられっぱなしは兄が廃ると、お返しに昌幸に口付けると本当に嬉しそうに昌幸が笑った。
「…私の本当に好きな人…」
「昌幸」
「信綱兄上の事です…」
ひしっとわしの胸に埋まる昌幸の姿は、子供の頃と変わっていなかった。
小さな小さな源五郎を思い出すも、今は添い遂げた相手。昌幸である。
以前、昌幸に本当に好きな人が出来るまで…などと言ったが、撤回しよう。
こんな可愛い弟を、誰にもやるものか。
「…昌幸、顔をお上げ」
「兄上…?」
「昌幸。お前は、わしの一番大切な人だ」
「ぁ…」
「ずっと、愛しているよ。誰よりもお前を愛している」
「あにうえ…っ」
わしの言葉を聞いてぽろぽろと涙を溢れさせる昌幸の涙を拭ってやると、その手に擦り寄り昌幸は泣きながら笑っていた。
泣かせてしまった事は本意ではなかったが、その涙を拭うのはわし自身で在るべきだと、特段に優しく頬を撫でた。
ほう…と昌幸が吐息を漏らし、わしを見上げた。
子供の頃から、わしの手に甘えたがるとは思っていたが、どうやらわしの手がお気に入りらしい。
「おいで、昌幸」
「兄上」
「覚悟しろよ。わしは存外、嫉妬深いからな」
「…そう、なのですか?」
「言わなかっただけだ」
「信綱兄上…」
昌幸からまた口付けられて、微笑みを返して昌幸に口付ける。
そうして何度もちゅ、ちうと口付けを繰り返していたが、暫くそうしていると昌幸が寝落ちてしまった。
ころりと寝落ちてしまった昌幸を胸に抱いて、団扇を手に取り昌幸に向けてゆるく扇ぐ。
いつまでも甘えたがりの弟を胸に、いつまでも愛おしい恋人を胸に、背を撫でて肩を引き寄せた。