二十六夜待にじゅうろくやま

月を数えた。
傍に居るよりも離れている方が勝頼様の事を考えているような、そんな気がする。
数えて六日。そろそろ満月だろうか。
勝頼様も、月を見ているのだろうか。

戦に区切りがつき、そろそろ来るのではないかと思っていた頃に勝頼様が真田を訪れた。
頻繁に訪れる勝頼様に幼き子供達はすっかり懐いて、顔合わせも束の間、幸村達に勝頼様を取られてしまった。
特段、急ぎの用件でもないのだろう。
自惚れでなければ、私に会いに御足労頂いたのだろう。
躑躅ヶ崎館はお呼ばれでなければ、私のような身分の者が気安くふらりと顔を出していい場所ではない。
ましてや勝頼様に会いたいからなど、言える訳がない。

勝頼様はよく、真田を訪れる。
恋仲であるとはいえ、尊い身分の勝頼様に御足労させてしまうのは畏れ多い。
顔を合わせてしまえば、胸が温まる思いだ。
だが、今日は子供達に先を越されてしまった。
勝頼様は幸村達に連れられ、郷を出歩かれているようだ。
今更何か手を付ける事もなかろう。
かと言って、このままただ過ごすのも何か悔しい。

「勝頼様を取られて拗ねているのか?」
「信綱兄上」
「と、顔に書いてあるぞ」
「御冗談を。子らに悋気など向けませぬ」
「成程。妬いておるのか」
「違います」
「勝頼様の為に予定を空けていたのだが、勝頼様を取られて暇が出来たか」
「勝頼様のお帰りをお待ち致します」
「なら、付き合え昌幸。兄は弟に構いたい時がある」
「…弟とて、兄に構われたい時がございます」
「はは、よしよし」

何の気まぐれか知らぬが、信綱兄上が私の話し相手となってくれた。
年の離れた信綱兄上だ。
兄というのは、父とも主上ともまた異なるものである。

縁側に座っていたのだが、私があまりにも憮然としていたからか肩を引き寄せられて頭を撫でられた。
もう子供ではないのだが、兄上から見れば私はいつまでも弟であろう。
信綱兄上も手隙らしく、さて…と居室から出たところに肩を落とした私を見つけたらしい。

「最近はどうだ」
「は…」
「勝頼様は、昌幸にご執心だな」
「畏れ多い事です」
「今日はお泊まりになられるのか」
「この時分まで帰って来ないという事は…恐らく」
「そう怒るな。幸村達を攻めてやるなよ」
「怒っておりませんよ」
「はは、そうか」

ただ他愛もなく、弟として兄と過ごした。
実は子供の頃から、兄弟や家族と長く暮らした事がない。
共に長く暮らした事がなかったからこそ、今は真田で暮らせる事が愛おしい。
信綱兄上も同じ思いなのか、私がひとりぽつんと居ると誰よりも構う。
確かに内記らも私に構うのだが、無礼講に構ってくるのはやはり兄上達である。
使いに行った昌輝兄上も居れば良かったのにと呟くと、それは本人に言ってやれよと信綱兄上に肩を叩かれた。

「昌幸は知恵が回る。わしには真似出来んよ」
「武勇において、兄上に敵いませぬ」
「武勇を誇っても意味がないとか何とか言ってなかったか?」
「兄上は良いのです。実際言葉通りなのですから」
「随分都合がいいな」
「私の兄上ですから」
「そうか」

兄上とてお忙しい御方だ。
私とて息つく暇がなかったが、こうして兄弟で居れるのは嬉しい。
兄上に肩を抱かれたので、私も兄上の肩に頭を乗せていた。
兄上に髪を撫でられる優しげな心地に目を閉じる。

「幸村、ただいま戻りました!」
「すまんな、戻ったぞ昌幸」
「これは勝頼様。幸村。お帰りなさいませ」
「幸村の我儘に付き合っていただき、ありがとうございます。勝頼様」
「…ああ。何をしている?」

幸村の声がして目を開けると、膝に幸村が転がっていた。
手を洗って身綺麗になさいと言うと、幸村は良い返事をして室内に駆けて行った。

勝頼様は微笑まれているのだが、目が笑っていない。
何か怒らせるような事をしただろうか。
私の隣に勝頼様が座り、信綱兄上から奪い返すかのように肩を引き寄せられる。
信綱兄上も何かを察したのか、さっと私の肩から手を離された。

「何をしている」
「兄上とお話を」
「それだけか?」
「?それだけですが…」

首を傾げると、勝頼様は溜息を吐いて私を引き寄せられる。
今すぐ抱き締められそうな素振りに首を横に振る。
信綱兄上の前でそんな、と手を肩に添えると勝頼様がはっとして止めて下さった。

「勝頼様、某は是れにて御免。またな昌幸」
「はい。兄上」
「む…。おう、信綱、今宵は泊まるぞ」
「どうぞごゆるりと過ごされよ。昌幸を付けましょう」
「ああ。昌幸は私のだぞ」
「か、勝頼様…」
「はは。左様ですな。よろしくお願い致す」

信綱兄上に何故か勝頼様は御立腹のようだ。
私が粗相をしたのなら謝罪をしたいのだが、勝頼様は二人きりになったと理解すると私を抱き寄せて離されない。
信綱兄上の前であのような事をと咎めようにも、事実嬉しかったのだから何も言えぬ。

「どうなさったのですか」
「…む」
「勝頼様?」

勝頼様が私の肩口に埋まったまま動かれない。
随分と遅いお帰りだと心配をしていたのだが、どうやら釣りをしていたらしく爆釣だったらしい。
幸村が竹びくを見せて釣った魚を見せてくれた。
今宵の夕食は魚尽くしになりそうだ。それはそれで豪勢である。
勝頼様にも召し上がっていただこう。
泊まられるならば諸々支度をせねばと立ち上がろうにも、勝頼様に手首まで捕まえられてしまい動けん。

「支度をして参ります。勝頼様、お離し下さいませぬか」
「昌幸」
「はい」
「昌幸は、私の昌幸だからな?」
「…あ、あの…勝頼様?」
「信綱にはあんな風に甘えるのか。くっ…信綱が羨ましい。信綱は格好良いからな。分かる」
「…まさか、兄上に妬かれているのですか?」
「ああ、そうだとも。故に私のだと宣言したではないか。信綱は察してくれたぞ」
「っ」

予想だにせぬお言葉に顔に熱が集まる。
勝頼様でも妬かれるのか。私だけだと思っていた。
抱き寄せられることに抗っていたのだが、それを止めて勝頼様のお好きなように身を委ねた。
突然私が力を抜いた事に首を傾げて、勝頼様が私の頬を撫でられた。

「昌幸?」
「…漸く私の番ですね、勝頼様」
「ああ。私は昌幸に会いに来たのだからな。今宵は共に過ごそう」
「望外の幸せにございます」

縁側に座っているのだが、人払いでもしてくれたのか幸村すら寄り付かん。
人目がないのならと勝頼様に甘えるように身を任せ、かの人の匂いや体温に来てくれたのだと漸く実感する事が出来た。
私が溜息を吐いているのを見て、勝頼様が目を細めて私を抱き寄せた。

「昌幸。まさか私が幸村と行ってしまった事を怒っているのか」
「怒っていませんよ。ただ」
「うん」
「寂しい…、とは、思いました」
「っ」

私が抱いていたのは怒りでも悋気でもない。
ただ、寂しいと思ったのは確かだ。
幾久しく会い見えたのだ。私とて勝頼様をお構いしたい。

「故に私を案じられた兄上に構われていたのです。信綱兄上を責められませぬようお願い致します」
「そうか。なら悪い事をしてしまったな。昌幸にも信綱にも謝らなくては」
「そのような事」
「一人にしてしまった。もう一人にはしないから、覚悟しておけよ」
「はい…」

勝頼様は一度だけ私に口付けられると、誰が来るかも分からぬ縁側ではなく居室に行こうと私の手を引いた。
その前に、子供達に呼ばれて夕食に勝頼様を招く。
信綱兄上と顔を合わせるや否や勝頼様は頭を下げて謝っておられた。
帰ってきた昌輝兄上や信之らも混ざり、皆で夕食を共に頂く。
勝頼様を上座に通したのだが、私の隣が良いと聞かず、信綱兄上に促されて私が隣に座る事で事なきを得た。
信綱兄上よりも上座とは申し訳ない。

夕食が終わり、各々湯に入るなり居室に戻るなり自由に寛いでいた。
勝頼様に先に湯に入って貰い、私が直に居室の用意をした。
着替えをお持ちして勝頼様をお手伝いしていた所、幸村や信之も駆け寄ったが、今度は信綱兄上と昌輝兄上に抱えられてしまった。

お優しい勝頼様は子供達に甘い。
また子供達に構われるのだろうと思い、私は傍を離れていたのだが、兄上に背を押された。

「幸村。勝頼様は昌幸に会いに来たのだ」
「そうでしたか。父上のお気持ちを考えず申し訳ございません」
「兄上」
「昌幸、先に入れ。勝頼様の御相手は任せよ。子供達には言って聞かせよう」
「畏まりました。お先に失礼致します」

子供達に悪い事をしてしまった。
湯上がりの勝頼様は信綱兄上が御相手をし、その間に私は湯を頂いた。
湯から上がった頃には居間には信綱兄上だけが残られていた。

「兄上」
「ああ、昌幸。子供達は昌輝が構っているぞ」
「お気遣いをさせてしまって申し訳ございません。湯が空きましたので、どうぞ」
「ああ。先程御見送りを致した。勝頼様が居室にてお待ちだ」
「…はい」

兄上達は私達の事を知っているのだろうか。
勝頼様がああも言ってしまったのだから、きっと何もかも存じていらっしゃるのやもしれない。
分不相応だと咎められると不安に思い信綱兄上の袖を引くと、髪を撫でられ肩を叩かれた。

「兄上は…」
「無理はするなよ、昌幸」
「っ」
「お前が幸せならわしは何も言わん。おやすみ、昌幸」
「おやすみなさいませ…」

知っておられると確信してしまった。
きっと昌輝兄上も知っておられるのだろう。
だが咎められず、信綱兄上は私の頭を撫でるだけで湯に向かってしまった。
人払いやら何やら、もしかしたら兄上達の根回しかもしれない。



勝頼様の居室に向かい襖を開けると、直ぐ手を引かれて胸に抱き寄せられる。
突然の出来事に髪に巻いていた布巾が落ちて、勝頼様の腕の中に埋まってしまった。

「あっ…」
「まさゆき」

未だ髪が濡れているのだ。
勝頼様に濡らしてしまうと思うも、額や瞼に降り注ぐ唇にもう何も言えない。
程なくして唇も合わせられ、深く深く口付けられる。腰の力が抜けて畳に座り込んでしまった。

「勝頼様、濡れてしまいます」
「良い香りだな」
「っ…」
「漸く二人きりだ」

そうなる事を真っ先に望んでいたと言わんばかりに額同士を合わせられて、勝頼様に口付けられる。
私と同じ思いで居てくれたのかと思うと嬉しい。

拭いてやろうと仰る勝頼様に布巾を取られて、櫛を持たれ私の髪に触れられた。
申し訳ないと大人しくしていると、頬をふにと柔らかく摘まれた。
何か悩まれているようなお顔だった。

「どうなされました」
「悋気が収まらなくてな」
「兄上に、ですか?」
「信綱は良い奴だ。私でも格好良いと思う。故に昌幸を取られてしまわないかと不安になる」
「何を馬鹿な。信綱兄上は私の兄です。勝頼様とは違います」
「私は昌幸の一番だろうか」
「それこそ、当たり前でしょう…」
「そうか。要らぬ不安であったか」
「先程、勝頼様お自らが仰ったではありませぬか」
「昌幸は私の、か?」
「はい。私もそう思っております」
「もうひとつ、付け加える事があるな」

手を引かれて、指を絡められる。
勝頼様の胸に私の手を当てるようにして、手を引き寄せられた。
勝頼様の心音が伝わる。生きている音だ。
勝頼様が生きて、私が傍に居る。これ以上の幸せはないだろう。

空いた片手で唇に触れられる。
勝頼様がふわりと微笑み、私に口付けられた。

「昌幸は私のだが、私は昌幸の、だからな」
「っ、そんな」
「だから、昌幸が好きにしていいんだぞ?」
「…好きに…?」

余りにも畏れ多いお言葉に恐縮したが、次の言葉には反応した。
言葉尻を捉えて己の策略に使うのは得手である。
先程から口付けされ過ぎだ。
勝頼様とゆっくり話をして、過ごしていられればそれで良かったのに、絆されてしまう。
抑えていた己が欲情を自覚してしまう。

「…お願いがございます」
「うん?何だ」
「勝頼様のお好きに、どうか…手加減無用にて、勝頼様の好きにして頂きたいのです…」
「…好きに?私の好きにしていいのか?」
「お言葉を返すようで恐縮ですが、私とて…勝頼様にお会いしたいと、月を見る度に焦がれておりました」
「私も同じ事をしていた。月を見上げて、山を見上げて。甲斐は真田より山の麓だからな。山の方には昌幸が居ると思って、いつも見上げていた」
「勝頼様…」

そう仰ると勝頼様は胡座で座り、私を抱き寄せて膝に乗せられる。
私を見上げたいのだと、頬に触れられて見つめられる。
柔らかな優しい瞳の中に、私だけが映っていた。
ああ、確かに心が繋がっている。二十六夜、待ち焦がれた。

私を見上げて目を細め、下から口付けられる。
触れられる手に私の手を重ねて、畏れながら勝頼様を見下ろした。
愛おしい、愛おしい。私の勝頼様。

「傍にいなくても、空は繋がっている。私が見る空と昌幸が見る空は同じだ」
「…ですが、勝頼様」
「ん?」
「…隣に、傍に…居たいです…」
「それは勿論…。当たり前だ」
「…勝頼様」
「昌幸」

頭と肩を支えられて、褥に押し倒される。
恋焦がれていたのは心だけではない。体の方が正直で、勝頼様を求めて欲情していた。
とうに私は張り詰めていて、触れられる度に勝頼様を感じてしまう。

今、私の視界には勝頼様以外にはない。
勝頼様以外を考えられない。
太陽のような微笑みに釣られて笑い、首に腕を回した。



指を二本三本と増やされ抜き差しが容易になると、勝頼様に当てがわれてゆっくりと深く繋がっていく。
深々と体の奥からひとつになる感覚に身を委ねて名を呼んだ。

「かつより、さま…」
「まさゆき、まさゆき」

名を呼べば、呼び返してくれる。
勝頼様は何度も何度も呼び返してくれた。
想い焦がれたその人が目の前にいて、傍にいて、私に触れて、心も体も繋げている。

「っ、ぅ…、んっ、ぁ、あっ、ぁ…!」
「んんっ、ん…っ!」

二度、三度と勝頼様が中に果てられて、露出した私の脚を撫でている。
私のこの身は勝頼様に翻弄されて褥に沈み、勝頼様の首に回していた腕を落とした。

「は、…ぁ…、ぅ…」
「昌幸、まさゆき」
「…勝頼、さ、ま…」

感度が良く、もう幾度果てたのか解らない。
開かされたままの脚の間に勝頼様が居て、私と繋がっている。
中から溢れるほどに果てられて、頬や胸に触れられるだけで過敏に感じてしまう。

果てたばかりなのだ。今は何をされても過敏に感じてしまう。
勝頼様はそれを知っている筈だが、敢えて私に触れているのだろう。
勝頼様は意地が悪い。

「は…、ぁ…、ぁ…、だ、め…」
「…綺麗だ、昌幸」
「そ、…ん、な…、こと…」
「もう腕も上がらないか」
「勝頼様…、もう…」
「っ…」
「…、ぁっ…?」

中で再び屹立する勝頼様御自身に、無意識に締め付けてしまう。
幾度も果てさせられてとうに疲労しているのに、勝頼様に求められたのならば私も疼いてしまう。
私の体をこのように変えたのは勝頼様で、勝頼様がそうなっているのは私のせいなのだろう。

「腰も腕も立たぬなら横になれ、昌幸」
「わたし、もう…」
「もう、嫌か?」
「っ…」

その仰りようは狡い。
唇を引き結び下唇を噛んで顔を逸らしていると、噛むな傷付くと、勝頼様が唇を食むように口付けてくる。

「ぁ、ぅ…っ」

身を寄せられては、勝頼様自身が私の奥深くに突き当たる。
そんな奥にまでと身を震わせていると、腰を支えられて、勝頼様に身を起こされ上に座る体勢を取らされた。
向かい合わせに腰を落とせば、奥に奥にと当たってしまう。

「かつより、さま…」
「そのまま、ゆっくり…」
「っ、ひ…ぅ、ぅ…っ!!」
「くっ…、締め付け過ぎだ…。ほら、昌幸。力を抜いて」
「だめ、こんな、おく…、ぁっ…、ゃ、ぁ…!は、ぁ…、ぁ…っ」

勝頼様が私の腰を引き寄せ自重も相成り、いつもよりも奥深くに繋がってしまった。
奥にこつこつと当たる感覚があり、擦り上げられる度に背筋から全身を痺れさせるように快楽が満ちていく。気持ちよくて止まらない。
下から幾度も奥を突き上げられて、視界が真っ白になる度に己が果てているのだと感じる。いつの間にか私から腰を押し付けていた。
意識が途切れそうで、このままでは過ぎた快楽で私は壊れてしまうのではないだろうか。

「かつ、より、さま…っ」
「奥に…当たる…。昌幸、こんな所まで…」
「ひ、っぁ、っ…!」
「触ってごらん昌幸。こんな奥にまで繋がっている…」
「っ…!」

下腹の圧迫される感覚に悲鳴に近い声をあげた。
そんな奥にまで攻められた事がない。
そんな奥にまで繋がっているのだと、恍惚に二人で視線を合わせて溜息を吐いた。
下腹を撫でられるだけでも感じてしまう。
勝頼様の肩に凭れ、両腕で首にしがみついて声を上げた。
声を堪える余裕はもうない。
飛沫を体の最奥に感じて、私は意識を手放した。



とろとろとした柔らかい温もりに目を覚ました。
勝頼様が私を背後から抱き締めて、眠っていらっしゃる。
体の繋がりは解かれていたが、事後の様相のまま、汗と精液の匂いは残っていた。
事後のまま、勝頼様も気を飛ばして寝入ってしまったのだろう。

久方の愛瀬で、互いに欲情しきっていた。
私も止まらなかったし、勝頼様も止まらなかった。
何度体を重ねたのか、数えていない。
心に距離は感じなかったが、やはりこの少し熱いくらいの体温が落ち着くのだ。
勝頼様が生きて傍に居て下さるだけで私は幸せなのだから、これ以上の幸せはないだろう。

身を捩り、勝頼様の頬に唇を寄せた。
ちゅ、ちぅ、と口付けて、頬を擦り寄せた。
事後では、体裁も何もない。
我ながら一番素直に甘えているのではないかと思う。
勝頼様が好きで、好きで、愛おしくて堪らない。

「昌幸」
「あ…」
「可愛すぎるから、勘弁してくれ…」
「起こしてしまいましたか…」
「止めろ、とは言っていないぞ?」
「…ふふ」

正面から抱き締められて、勝頼様に深く口付けられる。
脚を絡めると腰や尻を撫でられこそばゆい。
とろとろとした幸せに浸り、勝頼様の腕や胸に身を任せて目を閉じた。




朝餉に呼ばれ、湯浴みもしたいのだが勝頼様が離してくれない。
ならぬならぬの一点張りで、私から離れる気がないらしい。

「ならん」
「されど、朝餉が」
「行かせない」
「勝頼様」
「昌幸を誰にも会わせたくない」
「せめて、湯浴みに…」
「駄目だ駄目だ。今回ばかりは信綱も昌輝も駄目だからな!!絶対に触れさせるなよ、見るのも駄目だ!!」
「子供ですか…、もう」
「私が全部面倒を見てやるから、頼む」
「それこそ、畏れ多い事です…」
「嫌なんだ。昌幸は、私のだろう?」

本当に狡い人だ。
そう言われては私はもう何も言えない。
勝頼様に身を任せて再び褥に身を横たえた。

後で持って行ってやるから、と信綱兄上の苦笑されたような声が襖の外から聞こえて頬を赤らめた。


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